大阪のライター オフィス「おふぃす・ともとも」代表ブログ

大阪在住のライター高野朋美(おふぃす・ともとも代表)です。最新の実績、仕事への思いなどもご紹介。

仕事のご依頼、承ります。

うちは大丈夫です

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2018年6月18日の午前8時直前、大阪で大きな地震がありました。最大震度は6弱。
わたしが住む大阪府八尾市も揺れましたが、建物が軒並み倒れたり、物が総崩れになった、ということはありませんでした。おそらく、多くの家や人が何ごともなかったと思います。

でも、ニュースで「深度6弱」と聞くと、びっくりしますよね。
阪神淡路大震災を思い出した人も少なくないと思います。
東北にいる先輩、東京にいる娘、島根にいる父と、「大丈夫?」の連絡が相次いでありました。
みなさんありがとうございます。はい。こちらは大丈夫でしたよ。

不謹慎かもしれませんが、何かあったとき、離れて暮らす家族や仲の良い友人から連絡があると、ほっとします。
「あ、思いがけず元気そうな声が聞けた」と、ちょっとうれしくなります。
そんな気持ちになれるのは、被害がなかったからなのですが。
その幸運に、感謝したいと思います。

ニュース報道を見ると、屋根が崩れていたり、火災が起きている様子が映し出されているので、大阪から遠く離れている人は、大阪全土がそうなのではないか、と思いがちです。
でも、ニュース報道される映像は、必ずしも全体像を映しているものではない、ということを、頭の隅に置いておきたいですね。

確かに、大変なことになっている人も場所もあります。そういうところには、全力で助けの手を差し伸べたいですよね。
善意の向く方向を、善意を本当に必要としている人のところに合わせたい。そう思います。

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ローレルスタイル「毎日のよろこび弁当」公開となりました。

ローレルスタイル

コピーライティングを担当させていただいている、近鉄不動産「ローレルスタイル」。
今回のテーマは「お弁当」です。

お弁当づくりも料理も得意ではない私。
そんな私でも、「意外とやれるかも」と思えるお弁当づくりのコツやポイントをお聞きすることができました。
インスタ映えするお弁当、見ているだけで幸せになれますよね。

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ローレルスタイル「読書のはじめ」公開となりました。

読書のはじめ

コピーライティングを担当させていただいている、近鉄不動産「ローレルスタイル」。
今回のテーマは「読書」です。

実を言うと、私、ライターであるにもかかわらず、本を読むのがものすごく好き!というタイプではありません。
買っただけでページをめくっていない「本棚のこやし」もあれば、途中で読むのをやめた本も多数。
読書好きとはとても言えない…と思っていましたが、この取材をしてみて「もっと肩の力を抜いて、本とつき合ってもいいんだ」と思い、ほっとしました。

読まなくても、本がそこにあるだけで、なんとなくいい気分になる。
そんなかかわり方で、ぜんぜんオッケーなのだと思います。

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言いたいことが一つしかない場合

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ロングインタビューをしていて、たまに「この方の言いたいことは一つしかない」と思うことがあります。
文字数にすると、ほんの400字程度。中身がないということではなく、その逆で、とてもシンプルなことの中に、真理が凝縮している場合、こういうことが起きます。

さて、こんなとき、ライターとしてはちょっと困ります。
インタビューを数千文字でまとめなければならないのに、400字で終わってしまっては、お金をいただける仕事にはなりません。
そんなときはどうするか。私は編集者さんに「三人称で書かせてください」とお願いしています。

文章には、インタビュー対象者が語っているように書く「一人称」の文章と、第三者が語っているかのように書く「三人称」の文章があります。
言いたいことが一つしかないような方の場合は、一人称で書いてしまうと、少ない文字数で終わってしまいます。長い人生の中で磨き上げ、無駄を削ぎ落としてきた「短いけれど含蓄のある言葉」以外、その方の語りたいことはないからです。

でも三人称なら、書き手であるこちらの心の変化を文章に落としこむことができます。例えば、「Aさんはなぜこんなシンプルなことを重視するようになったのか。その理由を探すために、おいたちまでさかのぼってみる」というように。

人物インタビューは、ちょっとした小旅行だと思っています。旅している間に、思ってもいない景色が見えたり、こっちの道だと思って進んだら、全然違うところに出てしまったり。そういう「想定外の面白さ」があります。

インタビューで想定外が出てきたとき、私はがぜん楽しくなります。「この方は、なぜそんなふうに考えたのだろう。その理由や背景は何だろう」。そう思い始めると、その方の人生にどんどん入っていきたくなる。質問をしながら、返ってくる答えを自分なりに理解しながら、インタビューを進めていきます。

言葉の少ない方の場合は、質問をしても、なかなか多くを語ってくださらないことがあります。でも、その言葉の裏にある思いや考え方を、想像することはできる。こうではないだろうか、ああではないだろうかと。
それが、三人称の文章を書くとき、生きてくるのです。

想像力の翼は、たくさんの人とお話しし、語り合い、その人の気持ちを理解しようとするところに生まれます。
私は、想像力の翼を広げるのがとても楽しい。正しく翼を広げるために、もっとたくさんの人とお会いし、話したいと思っています。

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自分が守るべきもの



電車の中吊り広告でふと見つけたフレーズが、とても好きになりました。
後日、このフレーズが何なのか、ある本屋さんの取材によって明らかになります。

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ぱさぱさに乾いてゆく心を
ひとのせいにはするな
みずから水やりを怠っておいて

気難かしくなってきたのを
友人のせいにはするな
しなやかさを失ったのはどちらなのか

(中略)

駄目なことの一切を
時代のせいにはするな
わずかに光る尊厳の放棄

自分の感受性くらい
自分で守れ
ばかものよ
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茨木のり子さんという詩人の詩でした。

人間は身勝手な生き物なので、いつも「自分こそが正しい」と思っています。
私もそう。
自分の考えは正しくて、それと違った考えは間違っている、と思い込んでいます。
でも、その思い込みにとらわれると、自分がどんどん怠惰になっていくのが分かります。

正しいから、努力をしなくていい。
正しいから、考えなくていい。
正しいから、検証しなくていい。

このように、自分は何もしない。それなのに、自分以外を否定したり非難したりし始める。
最低ですよね(笑)。
この最低なスパイラルに、自分が陥っていることに、たまに気付かされます。
その気づきをもたらしてくれるのが、さっきの詩です。

自分の感受性くらい、自分で守れ、ばかもの!

本当にそうです。
自分の人生くらい、自分でつくっていかないで、どうするのか。
この詩を見るたびに、そんな自問自答をしています。

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私の思う「日本らしさ」

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テレビで、戦中を生きた最強の棋士、升田幸三という人物のことを初めて知りました。
将棋も囲碁もまったくもって〝オンチ〟なので、将棋をやっている人なら知っていて当たり前の人物でも、私は知らなかったりします。将棋指しのみなさま、すみません…。

この人が敗戦直後に残したエピソードに、次のような話があります。
ある日、枡田氏はGHQに呼ばれ、「日本の武道は危険なものではないか」と、暗に将棋を否定するような質問をされました。
将棋の根底には、武士道精神が流れていますから。
すると枡田氏は「武道の『武』は、矛を止めると書く」と答えたそうです。
武道とは、相手を攻撃することではなく、むしろ攻撃を止めること、つまり自分を磨くことだ、というのです。
だから、少しも危険なものではないと。

この話を聞いたとき、とても感動しました。
日本が世界に誇る「考え方」「哲学」が、この話の中に生きているような気がしたからです。
日本の生き方の底流には、「和=争わず、仲良くする」という文化があると思います。
自分と違うものをやっつけて排除するのではなく、自分と違うものでも受け入れるために、まず自分を磨く、というのが、日本の心だと思います。

枡田氏は、「将棋は相手から奪ったコマを、自分のコマとして使う。これは捕虜を虐待しているのと同じではないか」というGHQの質問にも、こう答えたそうです。
「そうではない。奪ったコマを使うのは、そのコマの能力を尊重しているからだ。敵方にいたころと同じように、金は金、銀は銀として、その能力を生かしている」

一度は敵に回った相手でも、負けて味方になれば、その地位を奪うことなく生かす、というのも日本らしいと思います。
負けたら殺す、相手の築いたものを徹底的に破壊する、ではないんですね。「他を生かす」んです。

いまの日本は平和なので、戦争で死ぬの生きるのという話とはあまり縁がありません。
でも、職場や社会の中で、冷たい心の戦争は起こっていると思います。
いじめ、仲間はずれ、悪口、いやがらせ、ハラスメントetc…。
これらはすべて、自分と違うものをやっつける、排除する、打ち負かして破壊する、という行為ではないかなと思います。

なぜ「和」や「他を生かす」の文化をもつ日本で、こういうことが起こるのか。
その原因の一つは、他人をやっつけなければならないほど、一人ひとりが弱くなっていることにあるのかもしれません。

「自分を磨く」ことで、己を強くする。寒い冬に耐え、花を咲かせようとする植物のように。
これが、世の中の役に立つ人間になる第一歩かもしれない、と思っています。

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