大阪のライター オフィス「おふぃす・ともとも」代表ブログ

大阪在住のライター高野朋美(おふぃす・ともとも代表)です。最新の実績、仕事への思いなどもご紹介。

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私の思う「日本らしさ」

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テレビで、戦中を生きた最強の棋士、升田幸三という人物のことを初めて知りました。
将棋も囲碁もまったくもって〝オンチ〟なので、将棋をやっている人なら知っていて当たり前の人物でも、私は知らなかったりします。将棋指しのみなさま、すみません…。

この人が敗戦直後に残したエピソードに、次のような話があります。
ある日、枡田氏はGHQに呼ばれ、「日本の武道は危険なものではないか」と、暗に将棋を否定するような質問をされました。
将棋の根底には、武士道精神が流れていますから。
すると枡田氏は「武道の『武』は、矛を止めると書く」と答えたそうです。
武道とは、相手を攻撃することではなく、むしろ攻撃を止めること、つまり自分を磨くことだ、というのです。
だから、少しも危険なものではないと。

この話を聞いたとき、とても感動しました。
日本が世界に誇る「考え方」「哲学」が、この話の中に生きているような気がしたからです。
日本の生き方の底流には、「和=争わず、仲良くする」という文化があると思います。
自分と違うものをやっつけて排除するのではなく、自分と違うものでも受け入れるために、まず自分を磨く、というのが、日本の心だと思います。

枡田氏は、「将棋は相手から奪ったコマを、自分のコマとして使う。これは捕虜を虐待しているのと同じではないか」というGHQの質問にも、こう答えたそうです。
「そうではない。奪ったコマを使うのは、そのコマの能力を尊重しているからだ。敵方にいたころと同じように、金は金、銀は銀として、その能力を生かしている」

一度は敵に回った相手でも、負けて味方になれば、その地位を奪うことなく生かす、というのも日本らしいと思います。
負けたら殺す、相手の築いたものを徹底的に破壊する、ではないんですね。「他を生かす」んです。

いまの日本は平和なので、戦争で死ぬの生きるのという話とはあまり縁がありません。
でも、職場や社会の中で、冷たい心の戦争は起こっていると思います。
いじめ、仲間はずれ、悪口、いやがらせ、ハラスメントetc…。
これらはすべて、自分と違うものをやっつける、排除する、打ち負かして破壊する、という行為ではないかなと思います。

なぜ「和」や「他を生かす」の文化をもつ日本で、こういうことが起こるのか。
その原因の一つは、他人をやっつけなければならないほど、一人ひとりが弱くなっていることにあるのかもしれません。

「自分を磨く」ことで、己を強くする。寒い冬に耐え、花を咲かせようとする植物のように。
これが、世の中の役に立つ人間になる第一歩かもしれない、と思っています。

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ものごとは「気持ち」が動かす

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先日、八尾市で行われたものづくりカレッジというセミナーに参加しました。
講師は、「ワクワク系マーケティング」で、次々と繁盛企業を生み出している、オラクルひと・しくみ研究所の小阪裕司さん。
セミナーに参加するのは久しぶりでしたが、とても学びが多かったです。さっそく実践しようと思っています。

セミナーで印象的だったのは、人は心を動かさなければ、行動には走らない、という理論です。(詳しくは、小阪さんのセミナーや本を参照していただければと思います)
すごくシンプルな理論なのですが、改めて言われると、「そうだよ。やっぱりそうだよね」と、自分の中で意識化されます。
モヤっとしていたものが明確化された。そういう意味で、すごく実りがありました。

私は株はやらないのですが、株式は、人の「気持ち」で値が大きく変動します。株主が「あの会社は業績が上がりそうだ」と思えば値が上がるし、そう思わなければ下がります。事実がどうこうではなく「こうなりそうだ」という気持ちが値動きのもととなっています。

人材育成もそうです。相手に「もっとできるようになりたい」という気持ちがなければ、何を教えたところで成果は上がりません。でも、成長したいという気持ちがあれば、どんな小さなことでも吸収し、自分で勝手に伸びていきます。

おふぃす・ともともで活躍しているライターの多くは、ほぼ未経験の状態からライターを始めていますが、「ライターになりたい」という強い気持ちを持っているので、どんどん伸びていっています。
その姿を見るにつけ、「おふぃす・ともとものライターになるのに経験はいらない。やる気さえあればOKです」と言い続けている私は、間違っていなかったなと思っています。

ビジネスに「気持ち」を持ち込むと、すぐ精神論の話になりがちですが、気持ちこそがビジネスや購買行動を生むすべての発端だということを、今回のセミナーで再認識しました。
人の「気持ち」を考えることが、すべてにおいて重要なのかもしれませんね。

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新たなお取引

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新たに、地元の信用金庫さんとお取引を始めることにしました。
いまは大手銀行がおふぃす・ともとものメインバンクですが、やはりいろいろと相談に乗ってくれるのは地元の金融機関。
「これからは、中小企業さんのために『思いを発信できる媒体づくり』のお手伝いをしていきたいんです」という私の考えも伝えました。

わたしは、思いをもっている中小企業の方々が大好き。
その方々に喜んでいただくことがうちのビジネスになるなら、こんなうれしいことはないと思っています。

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細胞は考えている

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NHKの「人体」という番組の再放送を見ました。目からウロコの内容でした。

これまで、ホルモンという伝達物質を出して、体中に指令を送っているのは、脳などの一部の臓器だと思われていたのですが、実は、脳だけでなく、それぞれの臓器が独自の伝達物質を出し、別の臓器に直接メッセージを送っているとのこと。

例えば、心臓は心拍数が上がると、しんどい、疲れた、というメッセージを腎臓に送り、腎臓は体内の血液量を減らして心臓を楽にするために、尿の量を増やして、水分を体外に排出しようとするのだそうです。
つまり、臓器の細胞たちは、自分で考え、自分で判断し、自分で動いているということです。

自ら考え、自ら動く。
これは、人体がそもそも持っている力なんだと思いました。そして、その力を発揮しないと、人は生きていくことができない。
自分で考えて自分で動くことは、生きることそのものだということを、この番組に教えてもらったような気がします。

考えない、動かないということは、もしかしたら、生きることを放棄しているのと同じではないでしょうか。
豊かな日本では、特に考えなくても、誰かに言われたまま動いていれば、無難に生きていけます。
でも、それでいいのでしょうか。
生きるために、自分で考え、自分で動く。
これは生存のために重要なことのような気がします。

体の細胞たちだって、考えて動いている。
その細胞たちのがんばりに応えるためにも、自発性を大切にしなければ、と思っています。

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2018年 今年の抱負

2018年抱負

新年あけましておめでとうございます!
今年は、いろいろな意味で、地に足をつけて歩いていく年だと思っています。
1歩1歩のあゆみ、1日1日の時間を、大切にしていきたいと考えています。

本年の私の抱負は「義」。
自分のためにではなく、正しいことのために行動する、という意味を込めています。

なぜ「義」なのか。
義という文字は、「我」の上に「羊」を掲げています。
羊は、正しいこと、バランスがとれていることを意味する漢字だそうです。
そして我は、その字の通り、自分、自我という意味です。

我は「我を張る」「我を通す」というときに使われる漢字です。
自分の考えを押し通す、という意味ですよね。
私はおそらく、我を抑えるより、我を通すことが多い人間だと思います。
それは良いところでもあると思うし、欠点でもあると思っています。

今年は、我を通すよりもむしろ、正しい道を行くためにどうすればよいか、まずそれを考えて行動すべきだと肝に銘じています。
正しい道とは、人のためになること、自然の摂理にかなったこと。
そのためにあるのが「我」なのだと思います。

仕事も、ビジネスも、ライフワークである日本酒のことも地域イベント・八尾バルのことも、「義」を通して考えていく。
我が強い私にとっては、かなり大変なことかもしれませんが、やってみようと思っています。

おふぃす・ともともは今年から、志をもってビジネスをする中小企業のみなさまのために、「書く」力を活用した情報伝達総合サービスをご提供してまいります。
「情報伝達総合サービスって何?」と思われるかもしれませんね。
簡単に言えば、情報を伝えたい相手に、自社の思いを的確に伝えるためのサービスです。

それを形にすると、WEBサイトの制作かもしれない、会社案内の取材・ライティング・制作かもしれない。小冊子の取材・ライティング・制作かもしれない。
媒体は限りません。あらゆる媒体を使い、文字を通して「思いを伝えたい」という中小企業のみなさまのご要望に応えていきたいと思っています。

私は、社会のために何かしたい、地域のために何かしたい、という志ある中小企業のみなさまが大好きです。そういう方々のために、おふぃす・ともともの持つ力をあますところなく使いたい。
そのためにも、もっともっと精進せねばと感じています。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。

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レールを敷かないプロジェクト、スタート

4月5日のブログで、私が住む大阪府八尾市の地域イベント「八尾バル」にからめ、八尾バルメニューの編纂をおふぃす・ともともの事業にする、と言いました。
それを、だんだんと進めていこうと思っています。

八尾バルは、2011年から始まった「地産地食の飲み歩きイベント」で、次の開催日である7月22日で第13回目を迎えます。
バルイベントとは、地域の飲食店といっしょになって行うまちおこしイベントで、参加者に1ドリンクと1メニューを提供し、はしご酒のように各店をまわっていただこうというものです。

数年前から関西で広がりをみせ、現在も大阪各地で行われているバルイベントですが、八尾バルが他のバルイベントと違っているのは、毎回「食材のしばり」を設けているところです。
飲食店の方々に「バルメニュー」を考えていただくとき、夏は「八尾えだまめ」、春は「八尾若ごぼう」を必ず使っていただくようお願いしています。

それは、八尾の特産物でメニューをつくってもらうところに、八尾でバルを開催する意味があると思っているから。
単なる飲み歩きイベントではなく、八尾の特産をPRしながら、八尾の良さ、八尾の飲食店のあたたかさを知ってほしい、という思いがベースにあるからです。

食材にしばりを設けた、バルイベントの中でも希少な八尾バル。
そんな八尾バルから生まれた「ご当地グルメ」ともいえるメニューが、12回分も積み上がっている。これをまとめて、何かの形で発信したい。
それが、八尾バルメニューの編纂を事業としてやろうと思ったきっかけです。

八尾バルメニューの編纂は、当社のライターたちが表舞台に立って進める形にしたいな、と思っています。
できれば、本にするのか、webで情報発信するのかも含めて、その企画から考えてほしいと考えています。
編纂事業そのものを、当社の駆け出しライターの「チャレンジの場」にしたいというのが、私の想いです。

そこに関わってほしいのが、学生さんたちです。
八尾バルは、学生たちが運営を担ってくれたおかげで、ここまで続けることができました。
八尾バルメニュー編纂にも、ぜひ学生のみなさんに関わってほしい。
当社のライターたちとアイデアを出し合いながら、文章力や取材力を鍛える、そんな「チャンスの場」にもしたいのです。

どんなふうにすればうまくいくのか、私にも分かりません。
でも、決まったレールがないから、つくる楽しさがあるとも言えます。
興味のある学生さん、企画や編纂をやってみたい学生さん、もし「やりたい」と思ったら、おふぃす・ともともまでご連絡ください。

おふぃす・ともとも お問い合わせフォーム
http://www.e-tomotomo.com/about/form.html

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若い力

八尾バルという地域密着イベントにかかわるようになり、多くの学生たちと交流をもつようになりました。

わたしは、学生たちが好きです。
彼ら、彼女たちは、本当に「いまどきの世代」であり、「ゆとり世代」のど真ん中です。
接していて、「え?なにその無気力ぶり…」「どうしてそんなに安定志向なの?」と驚くこともあります。
でも、ときどき見せる創造力や発想力には、驚かされるものがある。
そんな姿を見るにつけ、とてもうれしくなるし、愛おしくなるんです。

「学生」とひと言でいっても、みんなそれぞれ違う人間ですから、当然のように個性があります。
その個性をある程度無視し、彼ら、彼女たちの総合的な傾向をわたしなりに分析すると、次のようになります。

・誰とでも親しくなれる
…人とぶつかり合うことがきらいで、誰とでも当たり障りなく仲良くできるスキルは高いように感じます。
・遠慮する
…相手の気持ちを察し、自分が引くべきところは引きます。相手がどう思おうが、自分の道をずかずかと進むような人はほとんどいません。
・本心を胸の中にしまっている
…自分をさらけ出すのは恥ずかしい、怖い、という思いが強いようです。人前で激しく怒ることも、ぐしゃぐしゃに泣くことも、あまりないのでは?と感じます。

これらは、すべて長所であり、短所でもあります。

誰とでも親しくなれるというのは、八方美人である、ということでもあります。広く浅い付き合いはできるけど、深く長い付き合いはできにくい、ともいえます。

遠慮するというのは、日本人の美徳でもありますが、あまりに遠慮しすぎると、慇懃無礼と受け取られます。

本心を胸の中にしまっているのは、自分を守る一番の方法でもあります。でも、相手からは「どうして本心を明かしてくれないの?」と思われがちです。

わたしは、彼ら、彼女たちのこうした傾向とは真逆の生き方をしたいと思ってきました。
誰とでも親しくなれるほど心は広くありませんし、へんな遠慮もしません。自分の本心を隠しておくという器用なまねもできません。いつも本音です。
そんな生き方をしてきて、傷ついたことも、傷つけたこともあります。嫌われたことも、もちろんあります。

でも、それで良かったと思っています。
たくさんではありませんが、そんなわたしを愛してくれる人たちはいます。
わたしのことを分かってくれる人が10人中1人か2人いれば、わたしにはそれで十分。胸を張って生きていけます。

なにより、わたしは人が好きです。
嫌われたくないという気持ちより、好きになりたいという気持ちのほうが強いのです。
だから、遠慮もしないし、本心も隠さない。心は裸の付き合いをしたいな、といつも思っています。
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2年間、人に好かれようとする努力よりも、
2ヶ月間、人を好きになった方が
ずっと多くの友を得られるだろう。
(デール・カーネギー)
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これ、とてもいい言葉ですよね。
好かれようとして遠慮するより、相手を理解しようと努力するほうが、ずっと「生きる力」が磨かれると思います。

わたしのまわりにいてくれる学生のみなさん。わたしは、あなたたちのことがとても好きですよ。
あなたたちが「生きる力」を手に入れようとして、いっしょうけんめいジタバタしている姿に、いつも元気づけられているし、若い力や生命力のようなものすら感じています。
大人になると忘れがちなものを、あなたたちはもっていますよ。

よく怒りますし、イヤなことも言う、ちょっと面倒くさい私ですが、いっしょに遊んでくださいね。

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スカウトしたくなった女子大生

仕事の合間に、カフェに立ち寄ったときのこと。
後ろの女子大生たちが、興味深い話をしていました。

Aさん:レポート読んだよ。
Bさん:どうだった?
Aさん:いいんだけど、出来事をただ並べてるみたいな感じがする。
Bさん:どういうこと?
Aさん:例えばさ、こういうことがあって、ああいうこともありました、みたいなことが並んでる感じ。そうじゃなくて、その出来事があって、自分がどう感じたか、どう考えたかみたいな感想を書いたほうがいいよ。
Bさん:なるほどね。
Aさん:あと、最初に言いたいことを書いたほうがいいよ。先生ってさ、この手のレポート、いっぱい見るじゃん。だから、言いたいことが分からないレポートは、読んでても疲れるんじゃないかな。だから、言いたいことを先に書いて、読んですぐ分かるようにしたほうがいいと思う」
Bさん:すごいね!あんた添削の先生できるよ。
Aさん:できないよ〜(笑)。ただそう思っただけだよ〜。

この会話を聞いていて、Aさんはいいライターになれると思いました。

言いたいことを先に書くというのは、新聞記事やWEB記事の構成そのものです。
結論を先に書く、ということですから、とても伝わりやすい文章になります。
ずっとあとに結論が出てくる文章は、読み手に「何を言いたいのか分からない」と思わせてしまい、最後まで文章を読んでもらえない可能性が出てきます。

出来事だけを並べるのではなく、自分がどう感じ、どう考えたかを書くのは、自分の見解を文章できちんと伝えるためだけでなく、文章に「ストーリー性」を持たせるために大事な要素です。

これらのことを分かっているなんて、すごいな、と思いました。
プロのライターでさえ、ここを分かっていない人が少なくない。
「ねえ、うちでライターやりませんか?」と、思わずスカウトしたくなりました。
おふぃす・ともとものほかのライターたちと切磋琢磨したら、きっと腕のいいライターになれると思いました。

伝わりやすい文章には、ロジックがあります。
いい文章=美辞麗句が並んだ文章、と誤解している人がたくさんいますが、私は違うと思っています。
表現力が乏しくても、ロジックさえ押さえておけば、自分の思いを相手に伝えることができます。
文章を書く目的は、小説のような凝った言葉を使うことではない。
あくまで、読む人に何かを伝えるのが目的です。
文章を学ぶ人には、その基本中の基本を、まず分かってほしいな、と思っています。

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後悔しない生き方

5年前、母を亡くしました。
拡張型心筋症という難病にかかり、そこから10数年生きましたが、最期は肺炎をこじらせ、息を引き取りました。

私は他人から見れば大変な親不孝娘で、母親の看病に帰ることはほとんどしませんでした。実家である島根は大阪から遠く、仕事を持つ私にとって、看病に戻る時間も余裕もありませんでした。

親戚の中には、きっといまでも「あの子は親不孝だ」と思っている人がいると思います。
でも私は、母のことについては、何の後悔もしていません。
私がやってあげられることは、100%ではないにしても、80%くらいはやってあげられたのではないかな、と思っているからです。

母は勝ち気で、自分の弱みを人に見せたくない人でした。それは娘の私に対してもそうでした。
だから、頻繁にお見舞いに来いとは言いませんでした。でも、心の中では、私や弟に会いたがっていることは分かっていました。
だからと言って、仕事をやめてまで実家にもどり、母の世話をすることがいいことなのかどうか。
考えた結果、それはいいこととは言い切れないし、何より、私があとで後悔すると思ったのです。

仕事をやめて看病にもどれば、私は親戚中から「良い子」のシールを貼ってもらえます。さすが長女だと、絶賛されたと思います。
でも、それが私の人生にとってどうだというのでしょう。
私は親戚に良い子シールをもらうために生きているのではない。
なにより、「仕事をしたい」という感情を押し殺し、母のために看病に戻ったとして、母は喜ぶのだろうかと。
笑顔もなく、苦しそうに看病をする私を見て、母は幸せなのだろうかと。
「母はきっと喜ばない」。そう思いました。

私も子を持つ母ですから、もしも自分が病気になり、わが子が身を犠牲にして看病する様子を目の当たりにしたら、すごく辛いと思ったのです。「私の看病なんてしなくていいから、自分の好きなことをやれ」。むしろそう言うでしょう。

母が私と同じ考えかどうかは分かりませんが、おなかの中にいた時期を含め、長年母といっしょにいた経験から、私の幸せや成功こそが、母の幸せだと結論づけました。
だから、看病のために帰郷はしませんでした。

その代わりに、私が幸せであることを、母には伝えようと思いました。仕事がすごく面白いこと、好きなことをやらせてもらって幸せであること、皆さんのおかげで本を出せたこと。たまに実家に戻ったときは、そんなことを母に話しました。
母は、とてもうれしそうに聞いていたのではないかな、と思います。

亡くなる2週間前、母の日のプレゼントを受け取ったお礼の電話が、母からかかってきました。
強気な母がめずらしく、「私、もうダメかもしれん」と電話口で弱音を吐きました。
私は「そんなこと言わんと、がんばりや。良くなったら旅行につれていってあげるから。どこに行きたい?考えといてね」と言いました。それを聞いた母は、とても安心した声で、「旅行につれていってくれるんだ。そうか。楽しみだわ」と答えました。
母とまともに会話したのは、それが最後となりました。

ほかの人にはどう映るか分かりませんが、私は「良くなったら旅行に連れていってあげるよ」と言えたことが、母への最大の親孝行だったと思っています。
母は病気になって以来、私の家族(夫や子ども)、弟の家族(弟の妻や子ども)をまじえて、温泉地に旅行に行くのが夢だと言い続けていました。
でも、旅行地への移動は心臓に負担がかかることもあり、とうとう実現はできませんでした。
だから、私の口から「旅行につれていってあげるよ」と聞けて、すごく安心したのではないかなと思っています。旅行には行けなかったけど、心は旅行に行った気分になったのではないかと。
たぶん、母と私にしか分からないものが、あの会話の中に流れていたと思います。

大事なものは何かを突き詰めて考えていくと、だんだんと他人の目が気にならなくなります。
自分らしく生きるとは何か。幸せに生きるとはどういうことか。
それを決めるのは他人ではなく、自分だということに気づくからです。

母は天国で「正直、もうちょっと看病に帰ってきてほしかったけど、まあええわ。あんたが幸せなら」と思ってくれているでしょう。
そして、私のとった行動を許してくれているでしょう。
だって、親子なのですから。私を生んでくれた母なのですから。
私がそう思いたいだけなのかもしれませんが、それも含めて、後悔はしていない。
それが私から母への、生んでくれたことへの感謝でもあると思っています。

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「八尾バル」に関わるということ

6年前から、地元である大阪府八尾市の地域イベント「八尾バル」に関わっています。
関わっているというより、このイベントの立ち上げメンバーであり、主要な運営メンバーの一人です。
私がまだフリーライターだったころ、サラリーマン、NPO関係者、学生たちといった「八尾を盛り上げたい!」という有志の仲間たちといっしょにスタートさせたのが八尾バルです。

八尾バルは、この7月で13回目を迎えます。
年2回開催していますが、初回からずっと、いろいろな大学の学生たちが八尾バルの運営を支えてくれました。
学生たちがいなかったら、八尾バルはここまで続いてこなかったと思います。

でも、私はここ2〜3年、「もう八尾バルを卒業しよう」と思っていました。
起業して会社を立ち上げて以来、ずっと本業に重きを置きたかったからです。
八尾バルは市民による完全ボランティアのイベントなので、私自身もボランティアとして関わっていましたが、本業が忙しくなるにつれ、とても時間を割いていられなくなりました。

しかし、3月に12回目の八尾バルが終了し、実働してくれていた大学生スタッフの多くが新社会人となって巣立つことになり、いよいよ八尾バルは「スタッフ不足」が深刻になりました。
だからといって、私がこれ以上、八尾バルに時間を割くのは無理。
そこで、立ち上げメンバーの一人である八尾バル実行委員長と話し合い、「次回の13回八尾バルが終わった時点で、私たちのあとをついでくれる人がいなければ、八尾バルの幕を下ろそう」と決めました。

ところが。
前回のブログで紹介した本「仕事は楽しいかね?」を読んで、私の中で何かが大きく変わりました。
私はまだ、八尾バルに20%の力も注いでいない、八尾バル存続のために、何も試してはいないと思ったからです。

八尾バルを続ける道として、私が提示できること。
それは、おふぃす・ともともの事業の一部に組み込むことでした。
ただ、おふぃす・ともともはイベント会社ではなく、ライターズ・オフィスです。
イベントを生業とするのは、ちょっと方向性が違う。
では、ライターズ・オフィスとしてどう関わるか。

答えはわりとすぐに出ました。
一つ目は、バルの数だけ積み上がってきた八尾のご当地メニュー「八尾バルメニュー」を編纂し、出版すること。
二つ目は、八尾バルが発行するフライヤーやマップなどの媒体を通じて、八尾バルを運営してくれる学生と当社スタッフ=外部パートナーライターの「文章力のスキルアップ」を果たすことです。
この二つを事業とするなら、八尾バルに関わることができる。しかも仕事として。
そう思いました。

さて、そこで生じたのが「八尾バルを運営してくれる学生をどうするか」という問題です。
これまでの学生たちは、誰に言われるでもなく「なんか面白そう」という理由で八尾バルに参画してくれた有志たちです。
サークルやゼミ単位で組織的に関わっていたわけではないので、彼ら、彼女たちが卒業して実行委員をやめてしまうと、とたんにスタッフ不足に陥ってしまう。
この問題を、なんとかクリアしたいと思っていました。

そこで着目させていただいたのが、八尾市にある「大阪経済法科大学」の存在です。
これまでにも、この大学の学生たちが、何人も八尾バル実行委員として関わってくれました。他大学の学生たちといっしょに、八尾バルを動かすために、本当によくやってくれました。
「八尾バル存続に向け、まず話を持っていくべきはこの大学だ。もしゼミ単位で、八尾バル運営を一つの『フィールドワーク』にしてもらえれば、八尾バルはこれからもずっと続いていく」。そう考えたのです。

つてを頼り、この話に興味を示してくれそうな先生の名前を教えてもらい、大学に電話しました。そして「一度お会いして、八尾バルに関する私の話を聞いてほしい」とお願いしました。

その話に応じてくださったのが、経済学部経営学科の山路崇正先生です。
どこの誰とも分からない、吹けば飛ぶような小さな会社の私と会ってくださり、丁寧に話を聞いてくださいました。
山路ゼミのホームページに「イベント企画の実践から経営学を学ぶ」という文字を見つけた瞬間、「あ、この先生だ」と思いましたが、その直感ははずれていなかったと確信しました。

八尾バルが大学とコラボできるかどうかは、まだ分かりません。
超えなければならない壁はたくさんあるし、実現には労力がかかります。
でも「面白そうです!八尾バル、ぜひ盛り上げましょう!」と山路先生に言っていただいたとき、本当にうれしかった。
いっしょに新しいことにチャレンジできる喜びでいっぱいになりました。

おふぃす・ともともの仕事だけで手一杯の私に、どこまでのことができるか、そんなに自信があるわけではありません。
何より、とても大切に思っている当社のスタッフたちに、迷惑をかけてしまうかもしれないという怖さもあります。
でも、やるか、やらないか迷ったら、やる。
バカなのかもしれませんが、そういう生き方が私の生き方だし、後悔しない生き方だとも思っています。

みなさん、そんな八尾バルを、ぜひ応援していただけませんか。
そして、八尾バルの運営に興味のある方。
社会人、学生を問いません。
ぜひ、下記「八尾バルFacebookページ」から、お声がけください。
https://www.facebook.com/yaobar80/
いっしょに、閉幕の危機を迎えている地域イベントを、復活させましょう。

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