大阪のライター オフィス「おふぃす・ともとも」代表ブログ

大阪在住のライター高野朋美(おふぃす・ともとも代表)です。最新の実績、仕事への思いなどもご紹介。

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レールを敷かないプロジェクト、スタート

4月5日のブログで、私が住む大阪府八尾市の地域イベント「八尾バル」にからめ、八尾バルメニューの編纂をおふぃす・ともともの事業にする、と言いました。
それを、だんだんと進めていこうと思っています。

八尾バルは、2011年から始まった「地産地食の飲み歩きイベント」で、次の開催日である7月22日で第13回目を迎えます。
バルイベントとは、地域の飲食店といっしょになって行うまちおこしイベントで、参加者に1ドリンクと1メニューを提供し、はしご酒のように各店をまわっていただこうというものです。

数年前から関西で広がりをみせ、現在も大阪各地で行われているバルイベントですが、八尾バルが他のバルイベントと違っているのは、毎回「食材のしばり」を設けているところです。
飲食店の方々に「バルメニュー」を考えていただくとき、夏は「八尾えだまめ」、春は「八尾若ごぼう」を必ず使っていただくようお願いしています。

それは、八尾の特産物でメニューをつくってもらうところに、八尾でバルを開催する意味があると思っているから。
単なる飲み歩きイベントではなく、八尾の特産をPRしながら、八尾の良さ、八尾の飲食店のあたたかさを知ってほしい、という思いがベースにあるからです。

食材にしばりを設けた、バルイベントの中でも希少な八尾バル。
そんな八尾バルから生まれた「ご当地グルメ」ともいえるメニューが、12回分も積み上がっている。これをまとめて、何かの形で発信したい。
それが、八尾バルメニューの編纂を事業としてやろうと思ったきっかけです。

八尾バルメニューの編纂は、当社のライターたちが表舞台に立って進める形にしたいな、と思っています。
できれば、本にするのか、webで情報発信するのかも含めて、その企画から考えてほしいと考えています。
編纂事業そのものを、当社の駆け出しライターの「チャレンジの場」にしたいというのが、私の想いです。

そこに関わってほしいのが、学生さんたちです。
八尾バルは、学生たちが運営を担ってくれたおかげで、ここまで続けることができました。
八尾バルメニュー編纂にも、ぜひ学生のみなさんに関わってほしい。
当社のライターたちとアイデアを出し合いながら、文章力や取材力を鍛える、そんな「チャンスの場」にもしたいのです。

どんなふうにすればうまくいくのか、私にも分かりません。
でも、決まったレールがないから、つくる楽しさがあるとも言えます。
興味のある学生さん、企画や編纂をやってみたい学生さん、もし「やりたい」と思ったら、おふぃす・ともともまでご連絡ください。

おふぃす・ともとも お問い合わせフォーム
http://www.e-tomotomo.com/about/form.html

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若い力

八尾バルという地域密着イベントにかかわるようになり、多くの学生たちと交流をもつようになりました。

わたしは、学生たちが好きです。
彼ら、彼女たちは、本当に「いまどきの世代」であり、「ゆとり世代」のど真ん中です。
接していて、「え?なにその無気力ぶり…」「どうしてそんなに安定志向なの?」と驚くこともあります。
でも、ときどき見せる創造力や発想力には、驚かされるものがある。
そんな姿を見るにつけ、とてもうれしくなるし、愛おしくなるんです。

「学生」とひと言でいっても、みんなそれぞれ違う人間ですから、当然のように個性があります。
その個性をある程度無視し、彼ら、彼女たちの総合的な傾向をわたしなりに分析すると、次のようになります。

・誰とでも親しくなれる
…人とぶつかり合うことがきらいで、誰とでも当たり障りなく仲良くできるスキルは高いように感じます。
・遠慮する
…相手の気持ちを察し、自分が引くべきところは引きます。相手がどう思おうが、自分の道をずかずかと進むような人はほとんどいません。
・本心を胸の中にしまっている
…自分をさらけ出すのは恥ずかしい、怖い、という思いが強いようです。人前で激しく怒ることも、ぐしゃぐしゃに泣くことも、あまりないのでは?と感じます。

これらは、すべて長所であり、短所でもあります。

誰とでも親しくなれるというのは、八方美人である、ということでもあります。広く浅い付き合いはできるけど、深く長い付き合いはできにくい、ともいえます。

遠慮するというのは、日本人の美徳でもありますが、あまりに遠慮しすぎると、慇懃無礼と受け取られます。

本心を胸の中にしまっているのは、自分を守る一番の方法でもあります。でも、相手からは「どうして本心を明かしてくれないの?」と思われがちです。

わたしは、彼ら、彼女たちのこうした傾向とは真逆の生き方をしたいと思ってきました。
誰とでも親しくなれるほど心は広くありませんし、へんな遠慮もしません。自分の本心を隠しておくという器用なまねもできません。いつも本音です。
そんな生き方をしてきて、傷ついたことも、傷つけたこともあります。嫌われたことも、もちろんあります。

でも、それで良かったと思っています。
たくさんではありませんが、そんなわたしを愛してくれる人たちはいます。
わたしのことを分かってくれる人が10人中1人か2人いれば、わたしにはそれで十分。胸を張って生きていけます。

なにより、わたしは人が好きです。
嫌われたくないという気持ちより、好きになりたいという気持ちのほうが強いのです。
だから、遠慮もしないし、本心も隠さない。心は裸の付き合いをしたいな、といつも思っています。
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2年間、人に好かれようとする努力よりも、
2ヶ月間、人を好きになった方が
ずっと多くの友を得られるだろう。
(デール・カーネギー)
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これ、とてもいい言葉ですよね。
好かれようとして遠慮するより、相手を理解しようと努力するほうが、ずっと「生きる力」が磨かれると思います。

わたしのまわりにいてくれる学生のみなさん。わたしは、あなたたちのことがとても好きですよ。
あなたたちが「生きる力」を手に入れようとして、いっしょうけんめいジタバタしている姿に、いつも元気づけられているし、若い力や生命力のようなものすら感じています。
大人になると忘れがちなものを、あなたたちはもっていますよ。

よく怒りますし、イヤなことも言う、ちょっと面倒くさい私ですが、いっしょに遊んでくださいね。

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スカウトしたくなった女子大生

仕事の合間に、カフェに立ち寄ったときのこと。
後ろの女子大生たちが、興味深い話をしていました。

Aさん:レポート読んだよ。
Bさん:どうだった?
Aさん:いいんだけど、出来事をただ並べてるみたいな感じがする。
Bさん:どういうこと?
Aさん:例えばさ、こういうことがあって、ああいうこともありました、みたいなことが並んでる感じ。そうじゃなくて、その出来事があって、自分がどう感じたか、どう考えたかみたいな感想を書いたほうがいいよ。
Bさん:なるほどね。
Aさん:あと、最初に言いたいことを書いたほうがいいよ。先生ってさ、この手のレポート、いっぱい見るじゃん。だから、言いたいことが分からないレポートは、読んでても疲れるんじゃないかな。だから、言いたいことを先に書いて、読んですぐ分かるようにしたほうがいいと思う」
Bさん:すごいね!あんた添削の先生できるよ。
Aさん:できないよ〜(笑)。ただそう思っただけだよ〜。

この会話を聞いていて、Aさんはいいライターになれると思いました。

言いたいことを先に書くというのは、新聞記事やWEB記事の構成そのものです。
結論を先に書く、ということですから、とても伝わりやすい文章になります。
ずっとあとに結論が出てくる文章は、読み手に「何を言いたいのか分からない」と思わせてしまい、最後まで文章を読んでもらえない可能性が出てきます。

出来事だけを並べるのではなく、自分がどう感じ、どう考えたかを書くのは、自分の見解を文章できちんと伝えるためだけでなく、文章に「ストーリー性」を持たせるために大事な要素です。

これらのことを分かっているなんて、すごいな、と思いました。
プロのライターでさえ、ここを分かっていない人が少なくない。
「ねえ、うちでライターやりませんか?」と、思わずスカウトしたくなりました。
おふぃす・ともとものほかのライターたちと切磋琢磨したら、きっと腕のいいライターになれると思いました。

伝わりやすい文章には、ロジックがあります。
いい文章=美辞麗句が並んだ文章、と誤解している人がたくさんいますが、私は違うと思っています。
表現力が乏しくても、ロジックさえ押さえておけば、自分の思いを相手に伝えることができます。
文章を書く目的は、小説のような凝った言葉を使うことではない。
あくまで、読む人に何かを伝えるのが目的です。
文章を学ぶ人には、その基本中の基本を、まず分かってほしいな、と思っています。

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後悔しない生き方

5年前、母を亡くしました。
拡張型心筋症という難病にかかり、そこから10数年生きましたが、最期は肺炎をこじらせ、息を引き取りました。

私は他人から見れば大変な親不孝娘で、母親の看病に帰ることはほとんどしませんでした。実家である島根は大阪から遠く、仕事を持つ私にとって、看病に戻る時間も余裕もありませんでした。

親戚の中には、きっといまでも「あの子は親不孝だ」と思っている人がいると思います。
でも私は、母のことについては、何の後悔もしていません。
私がやってあげられることは、100%ではないにしても、80%くらいはやってあげられたのではないかな、と思っているからです。

母は勝ち気で、自分の弱みを人に見せたくない人でした。それは娘の私に対してもそうでした。
だから、頻繁にお見舞いに来いとは言いませんでした。でも、心の中では、私や弟に会いたがっていることは分かっていました。
だからと言って、仕事をやめてまで実家にもどり、母の世話をすることがいいことなのかどうか。
考えた結果、それはいいこととは言い切れないし、何より、私があとで後悔すると思ったのです。

仕事をやめて看病にもどれば、私は親戚中から「良い子」のシールを貼ってもらえます。さすが長女だと、絶賛されたと思います。
でも、それが私の人生にとってどうだというのでしょう。
私は親戚に良い子シールをもらうために生きているのではない。
なにより、「仕事をしたい」という感情を押し殺し、母のために看病に戻ったとして、母は喜ぶのだろうかと。
笑顔もなく、苦しそうに看病をする私を見て、母は幸せなのだろうかと。
「母はきっと喜ばない」。そう思いました。

私も子を持つ母ですから、もしも自分が病気になり、わが子が身を犠牲にして看病する様子を目の当たりにしたら、すごく辛いと思ったのです。「私の看病なんてしなくていいから、自分の好きなことをやれ」。むしろそう言うでしょう。

母が私と同じ考えかどうかは分かりませんが、おなかの中にいた時期を含め、長年母といっしょにいた経験から、私の幸せや成功こそが、母の幸せだと結論づけました。
だから、看病のために帰郷はしませんでした。

その代わりに、私が幸せであることを、母には伝えようと思いました。仕事がすごく面白いこと、好きなことをやらせてもらって幸せであること、皆さんのおかげで本を出せたこと。たまに実家に戻ったときは、そんなことを母に話しました。
母は、とてもうれしそうに聞いていたのではないかな、と思います。

亡くなる2週間前、母の日のプレゼントを受け取ったお礼の電話が、母からかかってきました。
強気な母がめずらしく、「私、もうダメかもしれん」と電話口で弱音を吐きました。
私は「そんなこと言わんと、がんばりや。良くなったら旅行につれていってあげるから。どこに行きたい?考えといてね」と言いました。それを聞いた母は、とても安心した声で、「旅行につれていってくれるんだ。そうか。楽しみだわ」と答えました。
母とまともに会話したのは、それが最後となりました。

ほかの人にはどう映るか分かりませんが、私は「良くなったら旅行に連れていってあげるよ」と言えたことが、母への最大の親孝行だったと思っています。
母は病気になって以来、私の家族(夫や子ども)、弟の家族(弟の妻や子ども)をまじえて、温泉地に旅行に行くのが夢だと言い続けていました。
でも、旅行地への移動は心臓に負担がかかることもあり、とうとう実現はできませんでした。
だから、私の口から「旅行につれていってあげるよ」と聞けて、すごく安心したのではないかなと思っています。旅行には行けなかったけど、心は旅行に行った気分になったのではないかと。
たぶん、母と私にしか分からないものが、あの会話の中に流れていたと思います。

大事なものは何かを突き詰めて考えていくと、だんだんと他人の目が気にならなくなります。
自分らしく生きるとは何か。幸せに生きるとはどういうことか。
それを決めるのは他人ではなく、自分だということに気づくからです。

母は天国で「正直、もうちょっと看病に帰ってきてほしかったけど、まあええわ。あんたが幸せなら」と思ってくれているでしょう。
そして、私のとった行動を許してくれているでしょう。
だって、親子なのですから。私を生んでくれた母なのですから。
私がそう思いたいだけなのかもしれませんが、それも含めて、後悔はしていない。
それが私から母への、生んでくれたことへの感謝でもあると思っています。

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「八尾バル」に関わるということ

6年前から、地元である大阪府八尾市の地域イベント「八尾バル」に関わっています。
関わっているというより、このイベントの立ち上げメンバーであり、主要な運営メンバーの一人です。
私がまだフリーライターだったころ、サラリーマン、NPO関係者、学生たちといった「八尾を盛り上げたい!」という有志の仲間たちといっしょにスタートさせたのが八尾バルです。

八尾バルは、この7月で13回目を迎えます。
年2回開催していますが、初回からずっと、いろいろな大学の学生たちが八尾バルの運営を支えてくれました。
学生たちがいなかったら、八尾バルはここまで続いてこなかったと思います。

でも、私はここ2〜3年、「もう八尾バルを卒業しよう」と思っていました。
起業して会社を立ち上げて以来、ずっと本業に重きを置きたかったからです。
八尾バルは市民による完全ボランティアのイベントなので、私自身もボランティアとして関わっていましたが、本業が忙しくなるにつれ、とても時間を割いていられなくなりました。

しかし、3月に12回目の八尾バルが終了し、実働してくれていた大学生スタッフの多くが新社会人となって巣立つことになり、いよいよ八尾バルは「スタッフ不足」が深刻になりました。
だからといって、私がこれ以上、八尾バルに時間を割くのは無理。
そこで、立ち上げメンバーの一人である八尾バル実行委員長と話し合い、「次回の13回八尾バルが終わった時点で、私たちのあとをついでくれる人がいなければ、八尾バルの幕を下ろそう」と決めました。

ところが。
前回のブログで紹介した本「仕事は楽しいかね?」を読んで、私の中で何かが大きく変わりました。
私はまだ、八尾バルに20%の力も注いでいない、八尾バル存続のために、何も試してはいないと思ったからです。

八尾バルを続ける道として、私が提示できること。
それは、おふぃす・ともともの事業の一部に組み込むことでした。
ただ、おふぃす・ともともはイベント会社ではなく、ライターズ・オフィスです。
イベントを生業とするのは、ちょっと方向性が違う。
では、ライターズ・オフィスとしてどう関わるか。

答えはわりとすぐに出ました。
一つ目は、バルの数だけ積み上がってきた八尾のご当地メニュー「八尾バルメニュー」を編纂し、出版すること。
二つ目は、八尾バルが発行するフライヤーやマップなどの媒体を通じて、八尾バルを運営してくれる学生と当社スタッフ=外部パートナーライターの「文章力のスキルアップ」を果たすことです。
この二つを事業とするなら、八尾バルに関わることができる。しかも仕事として。
そう思いました。

さて、そこで生じたのが「八尾バルを運営してくれる学生をどうするか」という問題です。
これまでの学生たちは、誰に言われるでもなく「なんか面白そう」という理由で八尾バルに参画してくれた有志たちです。
サークルやゼミ単位で組織的に関わっていたわけではないので、彼ら、彼女たちが卒業して実行委員をやめてしまうと、とたんにスタッフ不足に陥ってしまう。
この問題を、なんとかクリアしたいと思っていました。

そこで着目させていただいたのが、八尾市にある「大阪経済法科大学」の存在です。
これまでにも、この大学の学生たちが、何人も八尾バル実行委員として関わってくれました。他大学の学生たちといっしょに、八尾バルを動かすために、本当によくやってくれました。
「八尾バル存続に向け、まず話を持っていくべきはこの大学だ。もしゼミ単位で、八尾バル運営を一つの『フィールドワーク』にしてもらえれば、八尾バルはこれからもずっと続いていく」。そう考えたのです。

つてを頼り、この話に興味を示してくれそうな先生の名前を教えてもらい、大学に電話しました。そして「一度お会いして、八尾バルに関する私の話を聞いてほしい」とお願いしました。

その話に応じてくださったのが、経済学部経営学科の山路崇正先生です。
どこの誰とも分からない、吹けば飛ぶような小さな会社の私と会ってくださり、丁寧に話を聞いてくださいました。
山路ゼミのホームページに「イベント企画の実践から経営学を学ぶ」という文字を見つけた瞬間、「あ、この先生だ」と思いましたが、その直感ははずれていなかったと確信しました。

八尾バルが大学とコラボできるかどうかは、まだ分かりません。
超えなければならない壁はたくさんあるし、実現には労力がかかります。
でも「面白そうです!八尾バル、ぜひ盛り上げましょう!」と山路先生に言っていただいたとき、本当にうれしかった。
いっしょに新しいことにチャレンジできる喜びでいっぱいになりました。

おふぃす・ともともの仕事だけで手一杯の私に、どこまでのことができるか、そんなに自信があるわけではありません。
何より、とても大切に思っている当社のスタッフたちに、迷惑をかけてしまうかもしれないという怖さもあります。
でも、やるか、やらないか迷ったら、やる。
バカなのかもしれませんが、そういう生き方が私の生き方だし、後悔しない生き方だとも思っています。

みなさん、そんな八尾バルを、ぜひ応援していただけませんか。
そして、八尾バルの運営に興味のある方。
社会人、学生を問いません。
ぜひ、下記「八尾バルFacebookページ」から、お声がけください。
https://www.facebook.com/yaobar80/
いっしょに、閉幕の危機を迎えている地域イベントを、復活させましょう。

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仕事は楽しいかね?

最近、とても感銘を受けた本があります。
「仕事は楽しいかね?」(きこ書房)



大雪で空港に足止めされたビジネスマンが、ある老人と「仕事」について問答をする、というストーリーです。
ビジネスマンは、かつて起業に失敗し、自分の中にくすぶっているものを抱えながらサラリーマンとして過ごしていました。
そんな彼に、老人はこう聞くのです。
「仕事は楽しいかね?」

この本のすごいところは、読む人によって、ピンとくるキーワードが違うところだと思います。
「自分はこの仕事で一生を終わるのだろうか」と迷っている人と、「目の前の仕事に追われて疲れだけがたまる」という人とでは、「あ」と思うポイントが違うような気がします。

さて、わたしが「あ」と思ったポイント。
それは「試し続けること」でした。
老人はビジネスで大成功した経営者なのですが、迷いの多いサラリーマンに「君がやってこなかったのは、計画や戦略を立てることではなく、『試すこと』だよ」とアドバイスします。
計画通りにやったってうまくいかないことが多いし、第一、計画を達成するまで、世間はあなたを待ってはくれない、と言うのです。
それよりも、遊び感覚でいいから「試してみること」。
コイン投げで表裏を当てることができる人は、才能があるからではなく、何度もコイン投げを試した人。つまり「試し続けた人」だと。

多くの人は、1回や2回の失敗でへこみます。そして「どうせやったってダメなんだ」とあきらめそうになります。
私もそうです。
失敗すればへこむし、落ち込むし、ああ、これはダメなんだと結論を出しそうになります。
でも、「試すこと」というキーワードを目にして、もう一度自分に問い直してみました。
「私は、本当に試し続けているのかな」と。
試し続けていないのに、結論を出していることが多いのではないかな、と。

「試そう」と思いました。
試してみて、うまくいかないのがむしろ当たり前。
仕事なんて失敗の連続だ。成功する方がむしろまれだと、その本には書いてありました。
「試す=うまくいかないのが当たり前」。
この図式が見えたとき、なんだか心が軽くなりました。

それにしても「試す」という言葉、経営の神様である松下幸之助さんが言った「成功の秘けつは、成功するまでやり続けること」と同じだと思いました。
人は成功するまでやり続けないから失敗に終わる。
成功するまでやったら、誰でも成功するよ、と松下さんは言っています。

すごくシンプルですよね。
でも、このシンプルなことがなかなか分からないのが、人間なのだと思います。
頭で分かっていても、腑に落ちていない。
だから何度も迷うし、実践しない。
人って本当に、不器用な生き物だなと思います。

でも、不器用ながら、恐る恐るでも、とにかく試すことを実践した人は、変わっていけます。
そして生き残っていけます。
ダーウィンが「最も強いものが生き残るのではなく、変化できるものが生き残る」と言いましたが、まさにその通りです。

私もまだまだ十分に試しているとはいえない。
ときどき試すことを忘れることもある。
でも、試す人生のほうが、試さない人生よりもずっと面白いことは知っています。
試行錯誤を楽しむ。
これが「仕事を楽しむこと」なのだと、いまは思っています。

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私が米を作る理由

ここ数年、どんなに忙しくても、絶対にはずしていないことがあります。
「酒米をつくること」です。
私は日本酒が大好きです。
日本の文化がぎゅっと詰まった世界に誇る宝だと思っていますし、水と米という清らかな素材で作られ、アミノ酸たっぷりの飲み物ということで「オンナの飲み物」だと提唱し続けています。

そして3年前、自分たちのお酒を作ってみたくて、奈良の酒販店「きとら」さんが企画された「自分たちのお酒づくりプロジェクト」に参加しました。
正直、お米づくりは1回でいい、と思っていました。
1回経験したらもう満足だと。
仕事もあるし、あとは飲む専門に回ろう、と思っていたのです。

ところが…。
お米を丁寧にまいていくもみ播きから始まり、田植え、台風対策の稲縛り、稲刈り、脱穀と、一連の農作業に参加するうち、気づいたのです。
食料を植え、育て、収穫し、その恵みをいただく。
これが人間として、正しい姿ではないかと。

私たちライターの仕事は「虚業」です。
意義のある仕事ですが、なにかモノを生み出すわけではない。
ライターの仕事がこの世になくても、誰も飢え死にはしません。
しかし、農業や漁業といった食料を確保する仕事は、実際のモノを生んだり育てたりする「実業」。
これがなければ、人は飢え死にします。

情報産業に関わり、情報という目に見えないものを扱う私にとって、自然の風を受け、太陽の光を浴び、土に触れながら食料を生み出す作業は、ものすごく地に足のついたものだったのです。
やってみて、それを肌身で感じました。
人間は、大地といっしょにいるのが幸せなのだと、つくづく思いました。

世間ではとかく、頭脳を使う仕事が上位だと捉えられています。
文章を書くライターと、お米を作る農家さんなら、ライターのほうが「すごそうな仕事」だと思う人も多いのではないでしょうか。
でも、私は自信を持って言います。
それは絶対に違う。お米を作る人のほうが絶対的にすごいですと。
だって、命をつなぐ「食べ物」を作ってくださっているのですから。
それに比べれば、ライターなんてちっぽけな仕事だ、とさえ思えてくるのです。

大地に触れ、地に足のついた農作業に、私はすっかりはまってしまいました。
田んぼに行くたび、いやされるのです。
時間の流れ方も違う。
毎日「締め切り」という時間制限と向き合う私に、「そう焦ることはないよ。ほら、土はここにいつもいるでしょう」と語りかけてくれます。
私はきっと、これからもずっと米づくりを続けていくと思います。

今回で4回目となる「自分たちのお酒づくりプロジェクト」、農作業は5月から始まりますが、プロジェクトへの参加は3月一杯受け付けています。
できたお酒はプロジェクトメンバー全員で買い取ることが条件なので、参加にはお酒の買い取り料として2万円強が必要です。
でも、自分の手で植え、収穫したお米が日本酒になったときの感動は、やった人にしか分からない。
一杯を口に含んだとき、本当に涙が出る思いがするのです。
その経験は、まさしくプライスレスです。

プロジェクトにご興味のある方は、以下から概要をご覧ください。
http://www.kitora.com/jibun-pro2017.htm
そして、もしよろしければ、ごいっしょにお米を作りましょう。

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贈る言葉

昨日、アルバイトに来てくれていた大学生が、就職のために当社を去りました。
プロのライターを目指すスタッフたちがほとんどの中、彼だけが学生。
社会人と学生との差を目の当たりにする思いでしたが、スタッフたちは人生の先輩として、いろいろなことを彼に教えてくれたような気がします。

彼が退職のあいさつをしたときも、スタッフたちはたくさんの温かい「贈る言葉」をくれました。
贈る言葉っていいですね。
一人ひとり内容は違いますが、その中には、本人の考え方、生き方、ものの感じ方、相手への伝え方など、その人の「人となり」が詰まっています。
自分の人となりを伝えられる言葉を持っている、当社のライタースタッフ達を、私は誇りに思っています。

さて、その贈る言葉の中に、こんな言葉がありました。
「怖いところにしか成長はない」
とても含蓄のある言葉だと思いました。
人間、誰しもつらいことはイヤです。痛いこともイヤ。しんどいことはもちろんイヤです。そして、そうした場に行くことを怖がります。
でも、「怖いところ」に自分を成長させてくれるものがある。
温かくて居心地の良い場所は、とても気持ちいいのですが、そこは成長の場ではなく、安らぎの場。
怖い場所に行くために、自分を休ませてねぎらう場だと思います。

学生の多くは、ラクな職場に就職しようとします。
自分のペースで仕事ができて、残業がなくて、休日がたくさんある職場。
心地良いところを求めるのは人間の本能でもあるので、それは当然だと思います。
でも、これだけは言えます。
怖い場所に行ったことのある人と、行ったことのない人では、思考力、気づき力、判断力、決断力、行動力に雲泥の差が出る。
仕事でたくさんの人にお会いしてきた、私の実感です。

人生はたった一度です。
一度しかないのだから、温かい場所だけではなく、怖い場所も知っておきたい。行ってみたい。そこに何があるのか、この身で体験しておきたい。
そんな人生のほうがずっと豊かだと、私は思っています。

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ビジョンを持て

長らく、私は「ビジョン(目的)」というものが何なのかわかりませんでした。
将来の展望、なりたい自分、ほしいもの・コト、ゴールetc。
こんなふうに、ビジョンはいろいろな言葉に置き換えることができるからです。

いったい、どれが本当のビジョンなのだろう。
年収をアップするというのもビジョンなら、世の中の人を笑顔にするのもビジョン。
でも、両方ともしっくりこない。腑に落ちない。
年収アップって、とても具体的だけど、果たしてビジョンの一つととらえていいのか。
世の中の人を笑顔にするって、確かに大きなビジョンだけど、なんとなく漠然としていて具体性に欠けている気がする。
もっと「ビジョンっていうのはこういうことです!」とズバリ言い切ることはできないのだろうか…。
最近まで、そんなふうに思っていました。

いまでも、ズバリこれ!と言い切る自信はないのですが、「ビジョンとは、こういうものではないか」と思い当たっていることはあります。

世の中を幸せにするために、自分が貢献できること。

これがビジョンなのではないかと、いまは思っています。。

さて、では私のビジョンとは何か。
ライターという仕事の価値を上げることで、世の中を幸せにすること。
これです。
「思いのこもった文章で、世の中をうれしくする」という、おふぃす・ともともの企業理念とも通じます。

文章は誰にでも書けます。
でも、書いたものが伝わりやすいか、わかりやすいか、面白いかという観点で見ると、かなりクオリティに差があります。
私たちライターは、高いクオリティのものを生み出すプロのはず。
ところが、ライターには資格も何もいらないためか、プロだと言っている人たちの間に、大きなクオリティ差があります。
それによって、書く仕事をライターに頼みたい人たちが苦慮している現実があります。仕事を頼んだはいいが、自分たちが書いたほうがましだと思える原稿しか上がってこなかった、というケースです。

私は、ライターはもっとプロの技量を磨かなければならないし、それによって、自分たちの仕事の価値を上げなければならない、と思っています。
そうでなければ、書くことで世の中をうれしくできないからです。

伝えたいことがある人の「思い」をくみ取り、わかりやすく、読みやすく、面白く伝えることで、読み手に「へえ〜」「なるほど」「そうだったんだ!」という知的感動をもたらす。
これができる人が、私の考えるプロのライターです。

こうしたプロが増えることで、私はもっと世の中のコミュニケーションがスムーズになると思っています。
人の世は、誤解だらけ、自分の思いが相手に伝わっていないことだらけです。
でも、それは無理もないことです。
だって、自分と人とは違うのですから。違うからこそ、相手に分かるように「思い」を伝える必要があると思っています。

そのお手伝いをするのが、わたしたち。
それを成し遂げるために、「文章」を使いこなす技量を持ち、活用しているのが、ライターだと思っています。

会社を大きくすることが私のビジョンではありません。
たくさん儲けるのも、年収アップもビジョンではない。
ビジョンに近づくための「手段」にはなりえますが、「目的」にはならない。
これが、ビジョンと手段の違いだと思います。

自分や自分の家族、親しい人だけが得することではなく、アカの他人や社会も含め、世の中が得をすることを考える。
たぶん、これがビジョンに必要な視点です。
その対価として自分たちも潤うというのが、会社の正しいあり方かな、と思っています。

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ダメなヤツの定義

いまでも、ときどき思い出します。
大学を卒業し、新人として入った新聞社を、子どもができてわずか一年足らずで結婚退社せざるを得なくなったときのことを。

そのとき、私は上司にすごく怒られました。
お前は、あとに続く後輩たちのことを考えたことがあるのか。
会社は、たった一年で辞めた学生のいる大学から、また人材を採用しようとは思わない。
お前の行動は、新聞社に入りたいと願う後輩たちの道を閉ざすことになるんだぞと。

正直、あのときの私は、この言葉の意味を少しも分かっていませんでした。
そんなことより、自分の中に宿った命と、これからの生活を考えることで、いっぱいいっぱいだったのです。

後輩のことを考えろというけど、そんな余裕、わたしにはないです、だって、それどころじゃないくらい、私大変なんです、それをなぜ分かってくださらないのですかと、上司に反感めいた気持ちすら抱いていました。

20数年経ったいま、上司のあの言葉を、私はしみじみと思い返します。
そして、心から申し訳なかったと、悔恨の情にかられます。

自分勝手な人が増えたと、世間では言います。
それを聞いて、おそらく10人中8,9人が、「そうだよね〜。ほんと、嘆かわしい時代だよね〜」と言うでしょう。
そして、自分のまわりにいる身勝手な人のことをあげつらうでしょう。

それが危険なのです。
自分勝手な社会を作っているのは、自分以外の他人ではない。
自分だということに気付くべきです。
だって、そういう人が大多数を占めるから、社会がそうなるのですから。
自分が多数派に入っていないと胸を張って言える人が、どれだけいるでしょうか。

私は、仕事のできない人、ミスや失敗をする人を「ダメなヤツ」だとは思っていません。
では、ダメなヤツとはどんな人か。
自分のことを棚に上げ、他人を非難することで自分を安全地帯に置こうとする人、自分勝手な自分に気づかない人、気づこうとしない人です。
上司に怒られてもなお、自分のことしか考えなかった私のように。

ごみが落ちているのに拾わない、電車で席を譲ろうともしない、しんどそうな人が駅でしゃがんでいても声をかけない。
このどれにも当てはまらない人のほうが、むしろ珍しい。
こんな些細な行動も起こせないのに、思いやりがあるふりをして生きている。
それが自分なのだと気づくところから、まずスタートではないでしょうか。

気づけば、直さなきゃ、と思います。
勇気を出して席を譲ろうと思います。
相手のこと、まわりのことに思いをはせようと思う。
そうやって、ダメな自分から脱皮していくのでしょう。
でも、そもそもそうなるためには、気づかないと始まらないのです。

いい子になろうとして、他人の足りていないところにばかり目をやり、評論家気分で批判し、自分は何もしない。気づこうとしない。指示待ちを決め込んで自分から行動しようとしない。
これが私の思うダメなヤツです。
昔の私そのものです。

そんなことを考えるたびに、あの上司の言葉が、口に苦い尊い教えのように、私の心に染みてくるのです。

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