大阪のライター オフィス「おふぃす・ともとも」代表ブログ

大阪在住のライター高野朋美(おふぃす・ともとも代表)です。最新の実績、仕事への思いなどもご紹介。

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心の中の龍

東日本大震災の被災地を訪問したブータン国王が、龍の話をしたことが話題になりました。
いまさらなのですが、私はこの龍の話に、とても心を動かされました。

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私たちの中には、人格という龍がいる。
それは一人ひとりの中にいる。
そして、龍は経験の上に存在している。
経験がたくさんあるほど、龍は大きく、そして強く育っていく。
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龍は、ブータン王国にとって大切な意味を持ちます。ブータンは「雷龍の国」と言われており、国旗にも龍が描かれています。
ブータン国王が龍の話をしたのは、龍が国の魂だからではないかと思っています。

人格を龍に例えるなんて、ステキだな、と思いました。
その龍は育つにつれ、きっと暴れるんでしょうね。
だから国王は最後に「何よりも大切なのは、自分の感情をコントロールすること」と言いました。
暴れる龍を制し、経験という糧を与えて強く育てなさい、ということだと思います。

経験は、自分を磨くことと同じだと思います。
磨くという文字の中には「石」という字があります。
固い石をやわな自分に当てて、ゴリゴリと磨く。
それはとても痛いことなのですが、それをするから強くなる。たくましくなる。
私はそう信じています。

最近、とても気になっていることがあります。
経験を積むことが自分を磨くことになると分かっているのに、固い石から逃げようとする人がいる。
それは年配者より、若い人や学生さんに見られます。
中にはすごく気概があり、ゴツゴツした大きな石に自ら体をこすりつけに行くかのように、日本中をめぐり、世界中をめぐり、たくさんの経験を積んで自分を鍛えている学生もいます。
でもそんな人はほんの一握り。大半は、痛みを恐れるあまり、経験から逃げようとしているように思えてならないのです。
私の杞憂であり、単なる決めつけであることを願ってやまないのですが。

思えば私も、学生のころは本当にダメな人間でした。
固い石からよく逃げていましたし、一歩を踏み出す勇気も足りなかった。
だけど、「この石、あなたを磨いてくれるからあげるよ」と言われた石を、「いや、自分には無理ですからいらないです」と断ったことはないように思います。

石はチャンスでもあります。
そのチャンスを「あなたのためになるから」とわざわざ差し出してくれる人がいるのに、その手を横目に、「申し訳ないですから」「自分なんかにできないですから」「え〜、痛いじゃないですか〜」と笑顔ですり抜けていく。
手を差し出した人に残るのは、何とも言えない寂しさとやるせない思いです。

どうか龍を育ててほしい。
自分の中にいる龍は、自分にしか育てられません。
誰かがえさをくれて、毎日世話をしてくれるわけではありません。
経験という、自分にしかできないえさを与えることでしか育ちません。
時間のあるうちにこそ、たくさん経験してほしい。経験するチャンスを自ら捨てないでほしい。

自分が信頼する人、すごいと思っている人、尊敬する人のすすめてくる石に、はずれはありません。すべてが経験となり、龍のえさとなってくれます。
それに、そんな人たちが、立ち直れないまでに体を傷つけてしまう固い石をすすめてくるとは思えません。
相手が耐えられる適度な固さと大きさの石を、その経験に照らし合わせて選んでくれているはずです。
なのに、そこから逃げるのは、石をすすめてくれる人を悲しませるだけです。

そんなふうに考えながら、自分が日々感じる悲しさやいらだちを制御できない私もまた、未熟だなと思います。
私の中にいる龍は、まだまだ十分に育っていないし、少々暴れん坊です。
ちゃんとコントロールしながら、固い石、柔らかい石、苦い石、ゴツゴツした石、そのすべてを自分の経験としながら、毎日を生きていこうと思います。
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スロースピードで進むとき

おふぃす・ともともの決算月は4月です。
多くの企業は3月なのに、なぜ?と聞かれますが、理由は単純です。
3月は忙しいから。
クライアントである企業のみなさんが、期末に向けてたくさんの仕事を出してくださいます。外部パートナーライターとともに、それに取り組むので精一杯。とても自社のことをやっている余裕はありません。
でも、4月になればそれも一旦落ち着きます。その隙を狙って、決算にかかわることをやりましょうと、税理士さんにすすめられました。

私にとって決算月は、一年間の会計を締めくくる月。
新しい期が始まると、また気持ちを新たにしてスタート…となるのでしょうが、実は、私が自分の抱負や会社の方向性を決めるのは、期の始まりではなく、年始です。
年始のほうが、新たな気持ちで新たなことに踏み出すには向いている気がします。

ちなみに、2016年の私の抱負は「走」。
そして会社としての目標は「外部パートナーライターに成長していただく」です。
うれしいことに、仕事の量は増えています。
でも、それを受けるだけのキャパシティの不足が、いよいよはっきりしてきました。
ここは一度「走」のスピードを弱め、後ろを振り返りながら、何が足りていないのか、どこを補わなければいけないのかを考え、フォローしなければいけないと、切実に感じています。
いまここで地固めしておかないと、仕事を増やそうにも増やせない。
私一人ができる量なんて、本当に知れています。
みなさんの力を借りなければ、これ以上の成長は望めません。

だから、外部パートナーライターに成長していただこうと思っています。
今年は、そのための1年に当てると決めています。
おふぃす・ともとものパワーの源は、外部パートナーライターたちにあります。
彼女たちがいなければ、おふぃす・ともともは回らない。
おふぃす・ともともが育つために、みなさんに育っていただこうと思っています。

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女性であるということ

おふぃす・ともともは、女性のクリエイターだけが集まるオフィスです。
「外部パートナー」と呼んでいるライター6人、パート勤務しているライター2人をコアに、誌面のデザインをしてくれるDTPデザイナー、写真を撮影してくれるカメラマンが周辺パートナーとして活躍してくれています。
そのほとんどが、女性です。

なぜ女性にこだわるのか。
それは、私が「女性とは一つの能力だ」と思っているからです。
男女差別しているわけではありません。

多くの女性には、その姿、声、しぐさに、どこか優しさが備わっています。
それが場の雰囲気を和ませます。
この特性が、取材の場で大きな役割を果たします。

取材される側は、よほど慣れている人でない限り、たいてい緊張されています。
「何を聞かれるのだろう…」とドキドキしていることが多いのです。
そんなとき、難しい顔をしたコワそうな人がインタビュアーとして現れたら、もっと緊張してしまい、取材そのものがぎくしゃくしてしまう可能性があります。

でも女性なら、第一印象がまずやわらかい。
それによって、相手の緊張を少し和らげることができます。
さらに、優しい話し声、語りかけ、表情によって、相手を安心させることができます。
安心したお相手は、こちらの質問にスムーズに答えてくださるようになります。
その結果、私たちは、必要な情報や言葉をお相手から引き出すことができます。

相手を和ませ、しかもきちんと話を引き出せる。
その能力が、女性には備わっていると考えています。
「女性とは一つの能力だ」というのは、そういうことなのです。

そして、この能力を結集し、おふぃす・ともともの武器にしたいと考えたからこそ、女性のクリエイターを起用しています。
とはいえ、男性は絶対にNG、というわけではありません。必要な場合は、男性にも入っていただこうと思っています。
ただし、「女性が中心」であることは、これからも変わらないと思います。

私はおそらく、考え方としては「男性」に近い。
お酒を飲んでいるときなど、さらに男性化します(周囲のみなさん、いつもご迷惑おかけしています)。
でも、姿形は「女性」です。
このことが、多くの仕事をいただける一つの要因になっていると感じています。

視点には男性的な鋭さを、対応には女性的なやわらかさを。
それができるのも、私が女性であるからでしょう。
この特性、能力を、これからも大事にしていきたいと思っています。

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かつてない人気の記事。その秘密は…

とあるネット媒体のクライアントから、うれしいお知らせをいただきました。
「御社のライターさんが書いた記事が、史上最高のアクセス数を達成しました!」
なんでも、掲載から一カ月経つか経たないかで、数万件のアクセスがあったのだとか。
これは快挙なのだそうです。

そのライターは、本格的にライター業をはじめてわずか2年。経験としては浅いほうです。
なのに、なぜ快挙を成し遂げることができたのか。
もちろん、彼女自身の取材力・文章力が優れているから、ということもあります。
でも、決定打はそこではありません。
ならばどこか。
彼女の「姿勢」です。

取材も原稿作成も、ほぼ未経験のまま私のところにやってきた彼女は、本当に何も知りませんでした。
最初の原稿は、私の朱入れ(修正)だらけだったと記憶しています。
取材も一人では難しかったので、同行してもらい、そばで様子を見てもらったりしていました。

でも、彼女はとにかく熱心でした。
「ライターは芸術家ではなく、サービス業。お仕事を依頼してくださるクライアントを喜ばせることが使命だよ」と言い続ける私の言葉を、素直に受け止め、実践してくれました。

私は「ライターになるのに、スキルなんていらない」と思っています。
必要なものがあるとするなら、それは「やる気」だと思っています。
「やる気」はやがて「学ぶ姿勢」となって表れ、見るもの聞くものすべてを吸収しようとする「素直さ」へと進化していきます。

彼女がクライアントに送るメールを見ていると、それがよく分かります。
すべてを勉強ととらえ、クライアントからの難しい要請にも、喜んで応えている。
その姿勢が、クライアントを喜ばせています。
だから、クライアントも彼女と良好なコミュニケーションをとってくださろうとする。
彼女もまた、それに応えようとする。
この「プラスのスパイラル」が、彼女のスキルを押し上げ、史上最高のアクセス数へとつながったと、私は思っています。

うれしいことに、他のライターたちも、彼女の姿勢からたくさんのことを学んでくれているようです。
クライアントとのやりとりに、細やかな気遣いと前向きさが感じられるようになっています。

こういうところが、女性のいいところです。
いいと思ったものは、すっと取り入れる。
そして、すみやかに自分の仕事へと活かしていく。
女性だけのライターズ・オフィスを作ってよかったな。これこそが私たちの強みの一つだ、と思っています。

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ライターという仕事

ライターや編集者を養成する「大阪編集教室」の講師をしていることもあり、私のもとには、しばしばライター志望の方が訪ねて来られます。
そのとき、私が最初にお伝えするのは、「ライターは作家とは違う」ということです。

ライターも作家も、文章を書くという点では同じです。
しかし、決定的に違っているところがあります。
それは「お金の出所」です。

作家のお金の出所は、一般読者です。
自分の書いた作品をお金を出して読んでくれる人がいるから、成り立っています。

一方、ライターのお金の出所は、一般読者ではなく、企業、出版社、制作会社といった、媒体を制作し発行する「クライアント」です。
クライアントがお金を出して「こんな媒体を作りたいから、その媒体に載せる原稿をつくってほしい」とご依頼くださるから、私たちは成り立っています。

ライターはまず、クライアントを喜ばせなければならない、と思っています。
そのためには、自分の表現よりも、クライアントが何を望んでいるかを考えなければならない。
クライアントが「これを伝えたい」と思っていることを文章で表すのが、ライターの仕事だと考えています。

クライアントの先には、読者がいます。
読者を喜ばせることができてこそ、クライアントも喜んでくださいます。
クライアントの思っていることを、どうすれば読者に伝わるように書けるのか。
それによって、どう読者を喜ばせることができるのか。
これを考え、実践することができるから、私たちはお金をいただけます。

ときには、書いた原稿に大きな修正が入ることもありますが、それは、読者に伝わるものを作るためのプロセス。
修正の意図をくみ取り、伝わるものへとブラッシュアップしていくのも、技術の一つだと考えています。

聞くところによると、「私の書いたものに修正を入れるなんて、クライアントは何も分かっていない」と言うライターがいるそうですが、分かっていないのは、むしろそのライターのほうでしょう。
自分の表現を発表したいなら、小説やエッセイといった媒体が適しています。つまり、作家の領域が適しているということです。

もちろん、クライアントの要求がすべて正しいとは限りません。
要求通りにやっていたのでは、どう考えてもいい媒体に仕上がらないと思うときは、勇気を持って進言しなければならないときもあります。
でも、それをするときには、「自分の表現がないがしろにされた」ということではなく、「読者にクライアントの伝えたいことが伝わらない」という観点で行わなければならない。
そこにこそ、プロの技術とノウハウが活かされるべきだと思います。

私は、ライターという仕事を、世の中に認められる職業として位置づけたいと思っています。
ライターになるのに、資格はいりません。文章の専門学校を出ていなければなれない、というものでもありません。ライターと名乗った日から、誰でもライターになれます。

どんな人にもライターになれるチャンスがあるという点では、いいことだと思っています。
でも、そのために、プロと呼ぶにはあまりにも意識もスキルも備わっていない人が増えてしまうのは、決していいことではないと思います。

ライターとは何なのか。ほかの文筆業とどう違うのか。
世の中に対して何ができ、そのために何を大切にすべきなのか。
ライターを職業として、ビジネスとして認めてもらうために、そんなことを考える必要があると痛感しています。

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「知る」と「やる」との違い

就活生が書いた志望動機を添削したことがあります。
彼は文章を書くのが苦手で、実際に書いたものを見ても、小学生の日記程度でした。
失礼ながら「これはあかんわ…」と頭を抱えるレベルでした。

でも「どうしてもいいものを書きたい!」と熱心だったので、2つのスキルアップ法を伝えました。
・いいと思った文章を書き写すこと
・「伝わる文章を書く技術」を読むこと
http://www.amazon.co.jp/dp/4405102538

3週間後、彼が書いてきた志望動機を読んで、驚きました。
以前とは比べものにならないほど、文章の完成度が高くなっていたからです。

あまりにもびっくりしたので、
「わたしが教えた以外に、なにかした?誰かに添削してもらった?」
と聞いたところ、
「教わった方法しかやっていないし、他の人には添削してもらっていない」
とのことでした。
真面目に、2つのスキルアップ法を試したそうです。

さて、このエピソードが暗示していることとは、何でしょうか。
それは、以下のことではないかと思います。

「知っている」と「やっている」では、天と地ほどの差がある。

たまに、取材やライティングの講師として声をかけていただくことがあります。
ライターを目指している人、文章力をつけたい人など、ざまざまな人が話を聞いてくれます。
でもときどき、ふとむなしくなることがあります。
いったい、この中の何人が、私の話したノウハウやスキルアップ法を実践してくれるのだろうかと。
「いい話を聞いた」で終わらせてしまうケースが、ほとんどなのではないかと。

どんなセミナーも講義もそうですが、いい話を聞いただけでは、意味がありません。
分かったことも、思っていることも、願っていることも、夢見ていることも、実行に移さなければ、限りなくゼロに等しい。
一歩を踏み出さないところに、どんなプロセスも結果も生まれないからです。
成功への「道」ができないんです。

目指したいところがあるなら、道を作らなければならない。
そのためには、一歩を踏み出さないといけない。
そして、歩き続けなければならない。
この簡単な理屈が分かれば、なりたい自分になることなんで、わけないと思います。

やった人だけが、自分の望みを叶えることができる。
そう信じています。

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まるごと制作の仕事

「冊子まるごと、パンフレットまるごとの制作をお願いしたい」。
そんなご依頼が増えています。

おふぃす・ともともはライターが集まるライターズオフィスですが、外部パートナーの中には、DTPデザイナーやカメラマンもいます。
ですから、こうした「まるごと制作」のお仕事もお受けできます。
これからは、ライターが中心となって、冊子やパンフレットなどの媒体をつくるという仕事を、おふぃす・ともともの柱の一つにしたい、と思っています。

なぜ「まるごと制作」を柱にしたいのか。それには理由があります。

ものごとを伝えるには、文字だけでなく、写真、デザインも重要。
それぞれが個々にあるのではなく、互いにいい意味でコラボすることで、「伝える」という総合機能を果たせると考えているからです。

冊子やパンフレットの制作は、通常、分業です。ライターは原稿を書く、カメラマンは写真を撮る、デザイナーはデザインする。でも、これらのプロたちがバラバラの方向を向いていると、狙ったものができません。

そこで登場するのが「編集者・ディレクター」です。
編集者は、音楽で言えばオーケストラの指揮者。指揮者が違うと、同じ音楽を演奏してもまったく雰囲気が変わるように、編集者が変わると、同じパンフレットを作ったとしても、まるで別物が出来上がってきます。
それくらい、重要な仕事です。

これをライター自身がやることに、私は大きな意義を感じています。
ライターは「情報収集力」「取材力」「構成力」というスキルを持ったプロです。
特に「構成力」というスキルは大きい。
構成力とは、どの情報をどこに置けば効果的に伝わるのか、それを考えて実行する力です。その力を使って、効果的に伝わる誌面を作り出すことができると考えています。

私は、文字だけですべてを伝えられるとは思っていません。
「いや、文字だけで伝えるのがプロの文筆家だろう」と言われるかもしれませんが、私は、写真やデザインといった「ビジュアル」の力を借りたいし、そうしたほうが「伝わり度」が増すと思っています。

さらに言うなら、文字だって「ビジュアル」です。
ぱっと見た時、漢字だらけ、難しい言葉だらけの誌面を、誰が「読みやすそう」と思ってくれるでしょうか。
だから、漢字やひらがな・カタカナのバランスも大切だし、誌面の中でそれがどう見えるかも考えなくてはならない。

だからこそ、文字も写真もデザインも、すべてセットで考えたいのです。
まるごと制作の仕事なら、それができる。
「伝える」ために、そんな仕事のスタイルを広げていきたいと思っています。

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思いのこもった文章で 世の中をうれしくする

「思いのこもった文章で 世の中をうれしくする」

これがおふぃす・ともともの企業理念です。
当社のような小さな小さな会社が、企業理念なんて、と思われるかもしれませんが、私がそもそも会社を興した動機が、この企業理念の中に詰まっています。

3年前まで、私はフリーライターでした。たくさんのクライアントに仕事をいただき、順調に稼いでいました。
でもあるときから、どうしようもない危機感を抱くようになりました。
「ライターの仕事は、いずれなくなる」。そんな危機感です。

アメリカでは、AIが簡単な新聞記事を書いている時代です。コンピュータがチェスの名人に勝つ時代です。文章もきっとコンピュータ化され、人がやる仕事ではなくなると思い始めていました。

自分の仕事が機械化される。あれほど苦労して積み上げたものが、一瞬で機械に横取りされてしまう。そう考えただけで、憂鬱になりました。
「ちょっと静かに考えてみよう」
そう思い、仕事を完全に休んで、誰にも言わず、たった一人で離島に渡りました。なぜ島なのかというと、島には、不思議なパワーがあるような気がするのです。八丈島、淡路島、隠岐の島、五島列島、わたしが訪れた島々には、なにか独特の空気がありました。その空気の中で、ゆっくりこれからのことを考えてみたかったのです。

考えた結果、ライターという仕事はもう滅びる、という結論が出れば、10年ほどフリーライターをやったら、あとは小説でも書いてのんびり過ごそうと思いました。でも、島のきれいな海を見ながら私の脳が出した結論は、まったく逆のものでした。

「文章を書くだけが、ライターの仕事ではない」

ライターの業務には、「原稿執筆(ライティング)」のほかに「取材」という業務もあります。そして取材とは、人とのコミュニケーションそのものです。初めての方とお会いし、その方から本音や情報を引き出すという、かなり高度な業務です。それはさすがにAIにはできないだろうし、さらに「取材によって、取材相手やクライアントを喜ばせる」ことはなおさらできない、と思ったのです。

私個人は、それほど名文家ではありません。プロなので相応の技術は持っていますが、私より文章のうまい人はたくさんいるでしょう。では、なぜクライアントは私に仕事を依頼してくださるのか。おそらく、文章力だけで判断していらっしゃるのではない、と思っています。

ライターとは、文章力だけではなく、取材力、コミュニケーション力、構成力、調整力、編集力、提案力、それらすべてを含めた文章作成のトータルコーディネーター、もっと言えば「文字を使った情報伝達の総合サービス業」だと気づいたとき、会社を興そうと思いました。
隠居してのんびり小説を書いている場合ではない。自分自身もっとスキルを磨きながら、そんなライターをめざす人を、一人でも二人でも多く出さなければ。それができたら、きっと世の中に恩返しができるし、それこそが私のできる社会貢献だと思ったのです。

こうして生まれたのが、おふぃす・ともともです。
「思いのこもった文章で 世の中をうれしくする」
ここには、私たちライターにしかできない仕事で、世の中のお役に立ちたいという思いを込めています。
この思いだけは、決して消してはならない。私たちがめざすゴールのない目的地とするために、企業理念に掲げています。

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ほめるって?

ほめ達!検定を受けてきました。
「ほめ達ってなに?」と思われるかもしれませんが、これは、ほめる達人の略。一般社団法人ほめる達人協会が主催する、自分の脳を「ほめ脳」に変える検定です。

実は、2年ほど前から、この協会の会報誌を制作するお手伝いをしています。人をほめること・認めることが、いかに企業の業績と人材育成力を上げるかをPRする冊子です。

…にしても、はずかしい。仕事を通じて、協会理事長である西村さんから、ほめることがいかに組織に良い効果をもたらすか、私は何度も何度も聞いていたはずです。それなのに、私ときたら、外部パートナーライターや後輩たちに対して、ほめる達人どころか、ダメ出しの達人と化していました。

私には、外部パートナーライターに「こうなってほしい」と思っている像があります。だから、その像と比べて、現実のご本人が劣っていると、つい「ダメ出し」をしてしまうのです。
ダメ出しをして、直すべきところを的確に指摘すると、どんどん伸びる人もいます。
逆に、「何度も言っているのに、なんで分かってくれないんだろう…」と思うくらい、伸びが停滞する人がいます。
私が悩んでいたのは、後者です。彼女たちに伸びてもらうには、どうしたらいいんだろうと、半ば頭を抱えていました。

でも、ほめ達検定を受けてみて、彼女たちにどう接したらいいのか、見えてきたような気がします。
わたしが検定で最も感銘を受けたのは、以下の言葉です。
「自分と他人は、絶望的なほど違う」。
同じ三角形を見ても、私が「山」と答えるのに対し、他人は「ピラミッド」と答える。それくらい、ものの見方も考え方も違う、ということです。

私が外部パートナーライターたちに、「これだけは必ず守ってほしい」と思っているのが、納期です。
なぜ納期を守ることが重要なのか、口を酸っぱくして言っているつもりですが、守れない人がいます。
これまでは、「守れないなんてあり得ない。プロとしての自覚が足りない」と腹立たしく感じていました。
でも、「自分と他人は、絶望的なほど違う」ことが分かってからは、腹を立てるよりまず、相手の話を聴こうと思うようになりました。

納期が重要なことは、みんな分かっている。
頭で分かっていることが、体で守れないのはなぜか。
きっとそこには「理由」があるはず。
それを、対話によって聴こう、という考え方に変わりました。

そんなふうにすると、腹も立たなくなってきます。
(いや、ぜんぜん腹が立たない、ということはないんですが…)
だいたい、腹を立てるのが私の仕事ではない。
彼女たちに伸びてもらうのが私の仕事。
伸びるためにどうすればいいのか、伸びないなら、その原因は何か。
それを突き止めることが大事。
そんな脳に切り替わりつつあります。

相手のことを手放しでほめる、といったところまでは、まだできていません。
ダメ出しは相変わらずやっています。
でも、「なんでできないの?」とイライラするのではなく、「できないのは何が原因か」をいっしょに探ろうという気持ちは、芽生えています。

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