大阪のライター オフィス「おふぃす・ともとも」代表ブログ

大阪在住のライター高野朋美(おふぃす・ともとも代表)です。最新の実績、仕事への思いなどもご紹介。

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人の成長

ときどき、びっくりすることがあります。
「この人、いつの間にこんなに成長したんだろう…」と、目を見張るくらい見違える人がいます。
やる気があるのかないのか分からない状態から、明らかに前向きな姿勢に切り替わる。
そんな場面を、何度か見てきました。

何度言っても、何を言っても届かないことが重なると、こちらはイライラします。
どうして分かってくれないんだろう。なんで分からないんだろうと。
でも、あとで振り返ってみると、分かってくれなかったわけでも、分からなかったわけでもないんだな、ということに気づかされます。
お相手は、ちゃんと分かっているのです。
それをどう実践していいのか、その方法が分からなかっただけ。
それをこちらが「理解していない」と勝手に誤解して、気をもんでいるだけなのです。

わが子が高校1年生のとき、テストで赤点に近い点数をとってきたことがあります。
急にではなく、徐々に成績が落ちていき、ついには赤点レベルにまで達してしまったのです。
自分で言うのも何ですが、子どもの頃から成績優秀だった私には、学校のテストで赤点をとること自体、信じられませんでした。
なんでこの子は基本的な勉強すらできないんだろうと思うと同時に、私の中で、何か憑き物のようなものが落ちました。
「この子、落ちるところまで落ちたな」
そう思った瞬間、何だか肩の荷が下りたのです。

それ以来、私はわが子に「勉強しろ」とは言わなくなりました。
あれだけ言ったのに、あれだけ赤点を恐れていたのに、ついにわが子はそのボーダーを越えてしまった。ダメだこりゃ、という気持ちの前に、これで怖いものはなくなった、という気持ちが芽生えてきたのです。
そうなると、こちらもすっきりしたもの。
もう勉強はできなくてもいいや、元気でいてくれればそれでよしとしよう、と思い始めたのです。

勉強しろと言わなくなって、わが子の成績は急に伸び始めました。
それはもう、不思議なくらい。
たぶんわが子は、私の「勉強しろ」というプレッシャーから解放されたのでしょう。
わが子自身、成績を上げなければいけないことは分かっていたのです。
私に繰り返し言われるまでもなく。
でも、プレッシャーを感じていたから、よけいに萎縮し、勉強がイヤになっていたのではないでしょうか。

私はいまでも、パートナーライターたちにプレッシャーをかけています。
でも、それをはずす時期がきっと来ると思っています。
何度言っても、何を言ってもできなかったことが、できるときが必ず来る。
縮こまれば縮こまるほど、解き放たれたときにバネが大きくジャンプするように、一気に階段を駆け上がるときが来ると思っています。
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試練のありがたさ

おかげさまで、多くのクライアントから仕事を頂戴し、多くのライターたちと仕事をする日々を送っています。

たくさんの仕事や人と関わると、不測の事態も増えてきます。
例えば、パートナーライターの体調不良による納期の遅れ。
これはもうどうしようもありません。
体調が悪いのを押して何が何でも納期を守って!なんてことは言えません。
体が資本ですから、きちんと療養し、しっかり治してもらいたいと思っています。

しかし、クライアントと交わした納期の約束は破るわけにはいきません。
ではどうするか。
大急ぎでほかのライターを当たるか、私が書くか、そのどちらかです。
私に余裕があるときなら私が引き受けますが、私自身がたくさんの案件を抱えているときは、さてどうしたものかと悩みます。

しかし、ほかのライターに頼むにせよ、自分が書くにせよ、こうした事態が生じるたびに、私のスキルは磨かれていきます。
仕事を回す能力、限られた時間で書く能力、人にお願いする能力etc…。
そのときは必死なのですが、あとで振り返ると、確かに私の経験値として積み上がっています。

不測の事態や逆境は、大きなプレッシャーとなります。
でも、何とか解決しようと動いていると、本当に何とかなるものです。
神様は乗り越えられない試練は与えないと言いますが、そうだな、と思います。

今日も不測の事態が生じましたが、何とか乗り切るめどがつきました。
試練に感謝。そして、試練を乗り切るために手を貸してくださる方々にも感謝です。

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継続するということ

私は「継続」が苦手です。けっこうな三日坊主。
ジョギング、スポーツジム、早起き、散歩などなど、とにかく続いたことがありません。
ブログもそうです。
「毎日書くぞ」と何度誓い、何度その誓いを破ってきたことか。
自分でもあきれるくらいです。

でも、先日このブログの「アーカイブ」を見て驚きました。途中、途切れている時期はあるにせよ、私は2005年からブログをずっと続けているのです。
「なんだ、続いているじゃないか」と、なんだか自分が愛おしくなりました。

よく考えると、三日坊主の私でも、何十年も続けていることがあります。
一つは「書くこと」。
小学生のとき、担任の先生から文章をほめられてからというもの、小説やエッセイを書くのを趣味としてきた私。
そして社会人になってからは、新聞記者、出版社のライターと、何らかの形で書くことに携わってきました。
唯一「これだけは続いている」と私が胸を張れることです。

でも、もっと根本的に続けていることがあります。
それは「生きること」。
生まれてから46年間、一度も生きることをあきらめなかったから、いま私はここにいるのだと思います。
命をとられるような大事件に見舞われなかったという幸運も、生きることの継続を支えてくれています。

このブログを読んでくださっているあなたも、生きることを続けているから、こうやって私の書いたつたない文章と出会ってくれていると言えます。
「何一つ続かない」「飽きっぽくて困る」と嘆いている人がいたら、私はこう言ってあげたい。
「大丈夫。生きていることは続けているじゃないですか」と。
それこそが、最も大切な「継続」だと思います。

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個人の名前で勝負する職業

個人の名前で仕事ができる職業は、世の中にいくつあるのでしょうか。
学者や士業、タレントや俳優、作家やその道の専門家etc…。
それほど多くはないと思います。

ライターも、個人名で勝負できる職業。
たとえ組織に属していたとしても、「○○さんに取材とライティングをお願いしたい」と、名指しで仕事の依頼がくることも珍しくありません。

おふぃす・ともともにいるパートナーライターたちも、個人の名前で仕事をしています。
おふぃす・ともともの一員ではありますが、一人ひとりは「自立した職業人」です。
ですから、署名記事を書くときも、単に「おふぃす・ともとものライター」ではなく、「おふぃす・ともともの○○○ライター」というふうに名乗ります。

名前を載せてもらえるということは、それだけ責任が生じるということ。
署名するとは「この記事に関しては私が責任を持ちます」と宣言するのと同じことですから、軽い気持ちで署名はできません。
そういう点では、組織の中で、名もない一員として仕事をするほうがラクかもしれません。

でも、責任と手応えは、表裏一体のものです。
責任があるからやりがいがある。だからチャレンジしていける。
この醍醐味を知ったら、もう「組織の中の名もなき一員」には戻れません。

個人名で勝負する世界は、決して甘くはありません。
だから、より自分を律する必要があるし、厳しく鍛えていく必要もあります。
でも、その苦しみを乗り越えた先に、この仕事をやっていて良かった!と心底思えるような喜びがあるのだと思います。

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納期にこだわる理由

おふぃす・ともともでは、「納期を守ること」を最も重要な事項に挙げています。
とても当たり前なことのようですが、クリエイティブ業界では、これがあまり当たり前ではないようなのです。
納期は遅れるものだし、遅れてもいいようにスケジュールが組まれている、と思っているのか、連絡もなしに、納期がどんどん後にずれ込む人も少なくありません。

しかし、おふぃす・ともともでは、それはNGです。
納期は守るのが当然だし、もしも納期に遅れるようなことがあれば、事前にそれを報告するようにしています。

ライターは、チームの中で仕事をするクリエイターの一人です。
ディレクター、カメラマン、デザイナーなど、さまざまな人たちとチームを組み、協力しながら一つの媒体を作り上げていきます。
そしてライターが担う「原稿作成」という仕事は、制作の「上流工程」に当たるものです。
原稿がなければ、誌面のデザインができないし、どんな写真を使っていいかも分からない。
ライターの原稿が遅れれば遅れるほど、あとの工程を担うデザイナーや他のクリエイターに、多大な迷惑がかかってしまうのです。

だから、納期は守らなければならないし、守れそうにないと予想されるときは、できるだけ早くそのことを伝え、他のクリエイターたちにスケジュールのずれに備えてもらう必要があるのです。

私はそのことを、いっしょに仕事をするパートナーライターたちに、かなりしつこく伝えています。
ライターは「書く」というスキルを持った職人ではありますが、決して一人で仕事をしているのではない。
たくさんのクリエイターたちと手を携えて仕事をしなければ、いいものはできない。
そう思っているからです。

パートナーライターの中には、子育て中のママライターもいます。
お子さんが急な病気をしたときなど、どうしても納期が遅れてしまいます。
それはあり得ることだし、仕方のないことです。
でもそのママライターは、納期の持つ意味をよく分かってくれているので、必ず事前に報告をくれます。
「これだから子育て中のライターは使えない」なんて、絶対に言われたくないし、言わせたくはない。
そんな私の思いに、いっしょうけんめい応えてくれています。

「納期は絶対だよ」
そう言いながらも、いろいろな事情を抱えつつ、納期というシビアな現実に向き合ってくれているパートナーライターたちに、いつも頭が下がる思いがしています。
「無理して体を壊さないでね」と祈りつつ。

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「ばかやろう」という愛情

新聞記者だった時代、私は毎日のように、先輩や上司に「ばかやろう!」と怒られていました。
できない記者だったからです。

新人記者の私が担当していたのは、事件事故などを扱う社会面です。
朝起きたら、まず最寄りの所轄に行き、前の晩に事件や事故が起こっていないか確認し、それが終わったらようやく出勤していました。
昼間は町ネタを取材し、裁判があれば裁判所に行って公判記録を取材します。
その合間に、また所轄に行って「事件や事故は起こっていないですか」と確認。
夕刊に間に合うよう記事を書いたら、夜はまた所轄に行く、というのが私の日常でした。

そんな中、警察から事件や事故の一報が入っているにもかかわらず、すぐに取材に行かないと、先輩や上司の雷がドーンと落ちる。
「なにぼやってしてるんだ!」と、何度も怒鳴られました。

でも、いまにして思えば、あの経験があったからこそ、私は少々のことではへこたれない自分になれていると思います。
先輩たちは、私が憎くて怒っていたのではない。
ダメな私をなんとか育てようとして怒っていたのだ。
そのことを、人を育てる立場になってみて、しみじみ感じています。

子どもや若い世代を怒らない年配者が増えてきました。
怒るとすぐ会社を辞めたり挫折する人が多い、という時代背景もあるので、ある意味仕方ないとは思いますが、私は、もっと怒っていいと思っています。

私を怒ってくれた先輩や上司たちは、私が新聞記者を辞めて結婚するとき、とても温かい言葉をかけてくれました。
「いままで無理を言ってきたけど、よくついてきたな」と言ってくれました。
あの「ばかやろう」は愛情の一つだったのだと、そのときに初めて気づきました。

そんなふうに育てていただいたからでしょうか。
私もまた、後輩や駆け出しライターたちには苦言を呈しますし、ダメ出しもするし、怒りもします。
でも、決して憎くてやっているわけではない。
むしろ「お願い。くじけないで」と祈るような気持ちで怒っています。

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AIとライター

日経新聞を読んでいると、毎日のように誌面をにぎわせている言葉があることに気づきます。
「AI(人工知能)」です。

私は数年前、AIの登場をとても恐れていました。
AIによって、コンピュータで誰でも文章を作成できる時代が来ると思ったからです。
いま、それが現実になっています。

先日も、「AI、日本語の文脈理解」という記事が掲載されていました。
これを見たとき、「ついに時が来たか」と思いました。
文章を人の手ではなく、コンピュータに委ねることができる時代が来たのだと、私は理解しました。

数年前、私が「これからの時代、ライターは必要なくなる。文章はコンピュータが書く時代が来るから」と周囲に話したとき、「まさか」「ライターの仕事はなくならないよ」とさまざま人が異口同音に言いました。
でも、こうやって現実を見ると、まさかと思っていたことが起こっています。
技術の進歩は、私たちライターの仕事にも影響を及ぼしつつあります。

ところで、本当にライターは必要なくなるのでしょうか。
結論から言うと、私はそうは思っていません。
単純な文章を書けるライターは淘汰されるかもしれませんが、AIが書けないような文章を書けるライターなら、生き残っていけるし、存在価値もさらに上がると思っています。

例えば、インタビューの内容をそのまま書くのではなく、読み手に効果的に伝わるように書くことができたり、相手が言葉にできなかった思いを察知し、そこを膨らませて文章にすることができたり。
簡単なレポート形式の文章ならAIで十分作成できるでしょうが、「読み手に伝わりやすくするために、文章の構成や言葉をどう組み立てていくか」という細やかな技術は、そう簡単に真似できないと思っています。

これからの時代、ライターはどんなスキルを身につけている必要があるか。
AIの登場によって、それを考える機会ができたと思っています。
「単に文章が書けるライター」は、これからは必要とされないでしょう。
「効果的な情報伝達を叶えられるライター」に、おのずとニーズが集まるのではないでしょうか。

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十を聞いて一を書け

「十を聞いて一を書け」
新聞記者だったころ、キャリア20年以上の先輩に教わった言葉がこれです。
厚みのある記事を書くには、取材で情報を十分に集めなければならない、という意味です。

取材とは、字の通り「材料を取りに行く」ことです。
文章を書くための材料を取得するため、人に話を聞きに行きます。
その際、あらかじめ質問項目を作っていくのですが、ライター経験の浅い人、あるいは取材経験のない人は、質問項目通りの「一問一答」で終わってしまうことがよくあります。

例えて言うなら、「大根はありますか?」と相手に聞いて、「はい。これです。どうぞ」と差し出された大根をそのままもらってくるのが「一問一答」です。
一問一答の取材も、間違ってはいません。
しかし、経験を積んだライターは、さらにここから質問を広げていきます。

例えば、その大根がスーパーで売られているような葉なし大根なら、「葉っぱがないのはどうしてでしょうか」と聞きます。
ぶつ切りにされていたら「なぜぶつ切りにされたのですか?」と問いかけます。
泥がついていたら「どうして泥付きのままなのですか」とすかさず質問します。
なぜ?どうして?と疑問を持つことで、質問がどんどん広がっていき、結果として十を聞き出すことができます。

取材のうまい人は、この「疑問力」がしっかり身に付いています。
気づき力とも、質問力とも言い替えることができます。
では、疑問力はどうすれば身に付くのか。
私は、相手の立場にどれだけ立とうとするかがカギではないかと思っています。

自分が相手だったら、どうするだろう。どう考えるだろう。
こんなとき、どんな行動をするのだろう。
それが疑問力の種になります。
「私だったら、大根を葉っぱ付きで出すのに、この人はどうしてぶつ切りにして出してくるんだろう」
そんなふうに考えると、おのずと疑問がわいてきます。
それをそのまま、相手に質問としてぶつけると、「実は…」という新たな話が出てきたりします。
こうした話が、記事に厚みを持たせる情報として、原稿を書くときに活かされるのです。

取材とは「思いやり」ではないかと思うことがあります。
相手の気持ちに配慮する、という意味ではありません。
「思い」を「やる」、つまり相手の立場に立って考えてみるということです。
そうすれば、より突っ込んだ質問が自分の中に芽生えてくると思います。

さらに経験を積んだライターになってくると、取材の最中、相手の立場に立つことはもちろん、読者の立場にも立てるようになります。
読者に分かりやすく伝えるためには、どんな質問をしなければならないか、どんな情報が必要なのかというところまで思いを巡らせることができます。
そこまでできるようになると、取材が終わるころには、自分の中に原稿の構成まですっかり出来上がっている、という状態になります。

取材も文章も、一朝一夕でうまくなるものではありません。
ですが、時間をかければうまくなる、というものでもありません。
大切なのは、常に自分に問いかけ、話す人の立場、読む人の立場に立つこと。
考え続ける取材こそが、「十を聞いて一を書け」を叶えてくれるのだと思います。

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ライターが写真を撮る、ということ

「カメライター」という言葉があります。
写真も撮れるし、文章も書けるライターのことです。
カメライターの中には、本当に写真を撮るのがお上手な方がたくさんいます。
きれいな写真を見ては、「すごいスキルだ!」と脱帽しきりです。

私も、写真を撮れます。
写真館の娘に生まれ、写真館の仕事を見て育ちました。
でも「ぜったいに写真館は継がない」と心に決めて、わざと故郷・島根県から遠く離れた静岡大学に進学。
そのまま静岡新聞に入社し、物書きの道へと足を踏み入れました。

そんな私が写真の技術を知ることになったのは、母が心臓病で倒れた30歳のころ。
父に「島根に帰って、写真館を手伝ってくれ」と請われたのを機に、当時務めていた専門紙の新聞社を辞め、島根にもどって写真の仕事を3年間ほどやりました。

あのころも、いまでもそうなのですが、私は写真があまり得意ではありません。
お金をいただけるだけのものは撮れると思いますが、書くことほど情熱を傾けられない。
大好きなものを見つけてしまったあと、写真の道に入っているので、本気になれなかったのです。

でも、本気になれない私を快く迎えてくれて、「そのままでいいじゃん」と励まし、育ててくれたのが、写真館業界の人たちでした。
PGC(パイオニア・グリーン・サークル)という団体で、写真が上手ではない私にも、きちんと活躍の場を与えてくれました。
それがどれだけ私の力になったか。
なんとか写真の技術を覚えられたのも、この団体があったからだと、とても感謝しています。

写真を撮れるようになってみて、いま思うのは、文章と写真は、一体のものだということ。
実際の現場では、カメラマンとライターは分業であることが多いのですが、「伝えたいことを伝えるためのツール」という観点で見れば、写真も文章も大差ないのです。
それどころか、この2つを融合することで、大きな発信力が生まれます。

でも、写真と文章は、いまだ切り離されていることが多いような気がしています。
「わたし、こういう文章を書くから、こんな写真を撮ってください」ということは、制作の現場ではあまりないですし、逆に「私はこんな写真を撮るので、あなた、こういう文章を書いてください」ということもありません。
なぜか、お互いなんとなく分断している。
私はこれが、とても惜しいのです。

おふぃす・ともともは、「書く」を中心に、誌面やホームページのデザイン、写真撮影まですべてできるライターズ・オフィスです。
すべてできるようにしているのは、文章、写真、デザイン、イラスト、すべてを融合させ、強力な情報発信ツールを作りたいと考えているからです。
「伝える」ことを目的に、それぞれの職人たちが手を組み、それぞれのつながりを重視した媒体を作ることができたら、いままでにない、最強の情報発信ツールが生まれるはず。
そんなことを考えては、ワクワクしています。

最近の私は、あまり写真を撮りません。
ベテランのカメラマンさんに撮影を任せたほうが、いいものができるからです。
でも、写真の技術を身につけておいて良かった、と思います。
写真を撮る苦労も知っているし、どんな条件下でどんな写真が撮れるかも、広く浅く分かっています。
そのことが、制作上、良い影響を与えることが多いのです。

写真を知らなければ、「こんなふうに撮れば、伝達力のある誌面になる」という発想もわいてこないでしょうし、カメラマンさんの気持ちも分からない。
ライターは、カメラマン、イラストレーター、編集者といったさまざまなプロと「チーム」を組んで仕事をする職業ですから、相手の仕事を知るというのは、とても重要なことだと思っています。

当社のライターたちは、多少の写真なら撮ることができます。
まだまだ私の教え方が不十分でつたないので、きちんと撮れるほどのスキルは育っていませんが、私は、たとえ撮れるまでにスキルアップしなくても、ライターが写真を知っておくことは重要だと思っています。

紙媒体もホームページも、文字だけで表現するものではありません。
写真や動画が重要な要素となっています。
ならば、思いを伝える表現者として、写真や動画のことも知っておくべきではないか。
私はそう思っています。

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