大阪のライター オフィス「おふぃす・ともとも」代表ブログ

大阪在住のライター高野朋美(おふぃす・ともとも代表)です。最新の実績、仕事への思いなどもご紹介。

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名もない職人

日ごろ、あまりテレビを見ないのですが、先日、NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組を久しぶりに見ました。
登場していたのは、義足の神様と呼ばれる、義足造りのプロでした。
その人の足に合わせ、自然に歩ける義足を追求し続ける。
妥協を許さないものづくり魂と、義足に向かう姿勢を見ていて、
「とても深くてきめ細かい哲学を持っているんだな」と感じました。

ただ、こうも思いました。
あまりにも繊細で、あまりにも数値化できない「プロの哲学」は、その背中を見るだけでしか、習得できないのだろうか。
どうにか形にして「手渡し」できないものだろうかと。

ものづくりの技と同様、「書く」という技術も、手渡しできない無形のものです。
ある程度はできるのですが、細部・深部となると言語化が難しくなります。
文字を扱う仕事なのに言語化できないなんてと、自分のふがいなさを呪うのですが…。

ただ、私はライターの技術を言語化したいし、できるようになりたいと思っています。
言語化することで、多くの人に技術を手渡しできるようになるからです。
比類のないプロ中のプロの技は、確かにスゴい。
でも、たった一人でできることなんで、限られているのではないだろうか。
プロ中のプロと同じスキルを持つ人が10人いたら、もっともっとできることは広がっていくのではないだろうか。
そう思っているからです。

私は書く仕事を「センス」という言葉で片付けたくはない。
極みの域までいけばセンスが関係しているのかもしれませんが、大半はセンスではなく、理論で何とかできるものだと思っています。
それもしないのに、それすらできていないのに「物書きはセンスがないとできないからね」なんて、口が裂けても言いたくありません。

私たちライターができることは、人が言葉にできないことを、言葉で表現することです。
それは持って生まれた才能ではなく、理論に沿った練習と経験で可能になります。
ロジックとしてカタチにできるものだし、手渡しできるものだと思っています。

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