大阪のライター オフィス「おふぃす・ともとも」代表ブログ

大阪在住のライター高野朋美(おふぃす・ともとも代表)です。最新の実績、仕事への思いなどもご紹介。

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失敗は一つの「反応」

失敗はみんな嫌いです。
できれば避けて通りたい。
どんな人であれ、そうでしょう。

しかし、成功した人と言われる人が、共通に語る言葉。
それは「失敗ほど学びになることはない」ということです。

仕事で、日本トップクラスの経営者の方々にお会いすることがあります。
堂々としていて、自信に満ちている方々がほとんどですが、聞いてみると、まず例外なく、どの方も失敗を幾度となく繰り返しておられます。
むしろ、常に順風満帆で、やることなすことすべてうまくいった、というスゴ腕経営者には、これまでお会いしたことがありません。
「成功者は必ず失敗と挫折を経験している。しかも何度も」
これが、何人もの経営者を取材してきた私の感想です。

ある経営者は、「経営者に成功体験はさして必要ない」とおっしゃっていました。
失敗したときこそ、いろいろなことを知ったり理解したりするチャンスなのだそうです。
成功すればむしろ慢心するので、かえって危険だともおっしゃっていました。

別の経営者は、「失敗は恐れるようなことではない。なぜなら、失敗とは一つの『反応』だから」とおっしゃっていました。
うまくいくかどうか分からないけど、とにかく行動してみて、それが失敗したとする。
それによって「ああ、この方法は違うんだ。だったら、こっちの方法を試してみようか」という道筋が見えてくるのだそうです。
もっと分かりやすく言えば、失敗とはリトマス試験紙の反応と同じ。
自分のやったことが酸性なのかアルカリ性なのかが分かることです。

ではなぜ、人は失敗が怖いのでしょう。
おそらく、失敗によって、自分のささやかな自信を喪失してしまうからではないでしょうか。
言い替えれば、プライドが傷つく、ということです。

では、プライドとは何でしょうか。
そう考えると、この「プライド」が自分の行く手を遮る“クセ者”であることが分かってきます。

私もそうなのですが、自分のプライドを掘り下げてみると、自分だけが執着している独りよがりな思い込みであることが多いのです。
自分は成功し続ける人であらねばならない。
良い成績を残せる人でなければならない。
周囲からいい人と言われる自分でなければならない。
私もこうした思い込みに囚われることがあります。

でも、自分が思っているほど、周囲は私のことを気にしていません。
絶対失敗しないのが高野だ、とも思っていないし、誰からも好かれる人望のある人間が高野だ、とも思っていないのです。
もっと別の部分に、私の価値や良さを感じ取ってくれている気がしますし、実際そうだと思います。

自分が人生哲学にしていたり、生きる理念にしていることがプライドであるなら、それは守り続けるべきでしょう。
でも、自分が思う大半のプライドは、自分を縛り付け、囚われの身にしてしまう単なるロープなのではないでしょうか。

それをはずすと、ものすごくラクになります。
そして、失敗が怖くなくなります。
成功する必要も、いい成績を残す必要も、いい人でいる必要もなくなるのですから。
トライ&エラーを「実験」だと思えるようになるのではないでしょうか。

とはいえ、失敗は今でも怖いです。
イヤなものです。
でも、昔ほど恐れる気持ちは、いまはありません。

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