大阪のライター オフィス「おふぃす・ともとも」代表ブログ

大阪在住のライター高野朋美(おふぃす・ともとも代表)です。最新の実績、仕事への思いなどもご紹介。

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ダメなヤツの定義

いまでも、ときどき思い出します。
大学を卒業し、新人として入った新聞社を、子どもができてわずか一年足らずで結婚退社せざるを得なくなったときのことを。

そのとき、私は上司にすごく怒られました。
お前は、あとに続く後輩たちのことを考えたことがあるのか。
会社は、たった一年で辞めた学生のいる大学から、また人材を採用しようとは思わない。
お前の行動は、新聞社に入りたいと願う後輩たちの道を閉ざすことになるんだぞと。

正直、あのときの私は、この言葉の意味を少しも分かっていませんでした。
そんなことより、自分の中に宿った命と、これからの生活を考えることで、いっぱいいっぱいだったのです。

後輩のことを考えろというけど、そんな余裕、わたしにはないです、だって、それどころじゃないくらい、私大変なんです、それをなぜ分かってくださらないのですかと、上司に反感めいた気持ちすら抱いていました。

20数年経ったいま、上司のあの言葉を、私はしみじみと思い返します。
そして、心から申し訳なかったと、悔恨の情にかられます。

自分勝手な人が増えたと、世間では言います。
それを聞いて、おそらく10人中8,9人が、「そうだよね〜。ほんと、嘆かわしい時代だよね〜」と言うでしょう。
そして、自分のまわりにいる身勝手な人のことをあげつらうでしょう。

それが危険なのです。
自分勝手な社会を作っているのは、自分以外の他人ではない。
自分だということに気付くべきです。
だって、そういう人が大多数を占めるから、社会がそうなるのですから。
自分が多数派に入っていないと胸を張って言える人が、どれだけいるでしょうか。

私は、仕事のできない人、ミスや失敗をする人を「ダメなヤツ」だとは思っていません。
では、ダメなヤツとはどんな人か。
自分のことを棚に上げ、他人を非難することで自分を安全地帯に置こうとする人、自分勝手な自分に気づかない人、気づこうとしない人です。
上司に怒られてもなお、自分のことしか考えなかった私のように。

ごみが落ちているのに拾わない、電車で席を譲ろうともしない、しんどそうな人が駅でしゃがんでいても声をかけない。
このどれにも当てはまらない人のほうが、むしろ珍しい。
こんな些細な行動も起こせないのに、思いやりがあるふりをして生きている。
それが自分なのだと気づくところから、まずスタートではないでしょうか。

気づけば、直さなきゃ、と思います。
勇気を出して席を譲ろうと思います。
相手のこと、まわりのことに思いをはせようと思う。
そうやって、ダメな自分から脱皮していくのでしょう。
でも、そもそもそうなるためには、気づかないと始まらないのです。

いい子になろうとして、他人の足りていないところにばかり目をやり、評論家気分で批判し、自分は何もしない。気づこうとしない。指示待ちを決め込んで自分から行動しようとしない。
これが私の思うダメなヤツです。
昔の私そのものです。

そんなことを考えるたびに、あの上司の言葉が、口に苦い尊い教えのように、私の心に染みてくるのです。

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